デートというものは実に良い。
恋人と出掛けること、それ自体がひどく楽しいし、何より一緒に過ごせるだけでとても幸せだ。平日はお互いの仕事が忙しくなければほぼ毎日コンビニで会うし、そうでなければ電話だって欠かさない。それで休みはデートなんてよく飽きないよい、なんてマルコには言われたが、好きな奴に会うことに理由なんているだろうか。なんなら一緒に暮らしたいくらいだった、まだ学生の弟を抱えている身なのでそこは流石に控えるが。
付き合い出してからもう結構時間は経っているが、いつまでも彼女と会う時は新鮮な気持ちになる。
例えば、デートの時の服装を見た時とか。
例えば、手を繋いだ時に少し照れたようにはにかむ顔とか。
前者の時、平日に会う時とは違って、色使いやらフリルやらスカートの丈やら、色々と胸に来るものがある。簡単にいえば、可愛いのだ。
平日だって勿論可愛い、可愛いけれどこの時は更に上を行くというか、自分とのデートのために着飾ってくれているというのがどうしようもなく嬉しくて堪らない。それと同時に、あァ今すぐ抱き締めてキスしてェな、と思うのも間違いなく本音で。
男は狼なのよ、なんてどこかで聞いたような歌が脳裏によぎる度に思わず苦笑してしまうのは仕方がないだろう。学生時代と違ってそういう感情は抑えられるようになったと思っていたが、まだまだ修行が足りないらしい。それでも乱暴に彼女を掻き抱くことがないということを、我ながら褒めてやりたいと思う。
大切なのだ、誰にも渡したくて、逃げて欲しくなくて、欲望を上手に上手に隠しているのだ。
そんな彼女のとのデートでは毎回色んなところに行く。例えば動物園だったり、例えば水族館だったり、買い物がてら街をぷらぷらすることもある。結構アウトドアに色々動くことが多かったから、という理由でたまには映画でもと今日は映画館に来ていた。
こういう大人しくしていなければならないところでデートというのは、実はそこまで得意ではない。二時間近く座っているだけというのも中々どうして苦痛だし、話せないし、出来ることはといえばこっそり手を握るくらいだし。それでもそんな苦手意識を払拭するくらい楽しめたのは、ひとえに彼女のお蔭かもしれない。
まず第一はラブストーリーではなく、アクションを選んでくれたこと。前々からテレビのCMで流れていたそれには興味があったし、彼女はどうやらそのシリーズのファンらしく、映画を観る前にその魅力をありありと語ってくれた。映画の内容も楽しかったが、目を爛々と輝かせながら説明してくれる姿を見るのはひどく楽しかったし、可愛いなと素直に思えた。水を差すと、真っ赤になって語るのをやめてしまうだろうな、と思ったから言わなかったけれど。
映画を観終わった後はお互いにトイレへ行った。やはり二時間拘束されるというのは決して短くないし、何よりポップコーンや飲み物を持ち込んでいたから生理現象が起こるのは仕方ないだろう。
運悪く、男子トイレは混雑していた。そういえばさっき観たのは今日公開の映画だったっけか、言われてみれば館内も男性客が多かったような気がする。
これは仕方ないな、と思いつつも彼女を少し待たせてしまうかと思うと申し訳ない。女性トイレもそれなりに混んでいればいいのだが、そうも行かないだろう。なるべくさくっと済ませて彼女の下へ向かおう、そう思いながら列に並んだ。
思った以上に混み合っていたトイレを出て、きょろきょろと辺りを見渡す。人がまだ多い館内とはいえ、愛しい恋人の姿はすぐ見つかった。声を掛けようと手を挙げて、それから止める──恋人の隣には、見知らぬ男が立っていたからだ。
なんだ、あいつ。と思うと同時に、眉間に皺を寄せる。知り合いか、とも思ったが彼女の様子から察するにどうも違うらしい。じゃあ、なんだ。思いついた答えはひとつしかなくて、それは思いっきり気分を害するに値する内容で。
不機嫌さを隠そうともしないまま、ずんずんと柔らかな絨毯の上を進んで、彼女の背後へ向かう。ぐいっとその華奢な肩を引き寄せて、ぽすんと彼女が一歩、二歩後退するのを受け止めながら、見知らぬ男をひと睨みする。
「──おれのもんに、何か用か?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。彼女は突然現れたことに驚いているのか、それともこの状況に驚いているのか定かではないが、元々真ん丸の目を更に丸くさせながら振り返る。そして状況を把握したのか、それともこちらの台詞を理解したのか、頬を赤くさせていた。
「ち、違う、エース」
「ん?」
顔を赤くさせながら慌てたようにパタパタを手を動かしながら、彼女がそんなことを言う。その姿はひどく可愛かったが、それでも目の前の男への警戒は緩める気はなく、ひと睨みしてから彼女の顔を覗き込む。ううっ、と可愛らしく言葉を詰まらせながら視線を彷徨わせてから、ひとつ息を吐いて彼女が言う。
「道、聞かれただけだから…!」
おいおい、マジかよ。



:::


映画館からカフェへと向かう足取りは、ひどく重かった。あの後、勘違いによって威嚇してしまった男に懇切丁寧に謝罪をしてから彼の目的地を教えた。男は気の良い人物だったようでこちらの勘違いに怒ることもなく、悪かったね、なんて言いながら笑顔で去っていったから余計に落ち込んだ。
恥ずかしい、恥ずかしさで死んでしまいそうだった。だってそうだろう、彼女がナンパされてると勘違いして、挙句それに気づかないまま威嚇なんてしたりして。穴があったら入りたい、壁があったら隠れたい、かっこ悪いにも程がある。彼女は映画館からずっと黙っているし、きっと怒ったか呆れたかしたに違いないのだろう。
「…悪ィ」
謝ると、隣で歩いていた彼女はぴたりと動きを止めて、それはそれは不思議そうな顔でこちらを見上げた。まるで吸い込まれそうな瞳はまっすぐにこちらを見つめていて、そうなると見つめ返す他に道はなくって。
ここが人通りが少ない道でよかった、なんて思いながら彼女の表情の意味を考えた。どうしてそんな顔をしているのだろう、予想していたのは恥ずかしそうに怒った顔か、年上らしく呆れた顔だったのだけれども。
「どうして、謝るの?」
不思議そうに、本当に不思議そうに問い掛けられて、今度はこちらが困ってしまう。なんで、ってそりゃあさっきの体たらくを考えればわかると思うのだが。
「いや、さっきの…早とちり悪かったなと思って」
「あぁ」
あぁ、って。こちらは恥ずかしくて情けなくてどうしようもなかったことを、こうもあっさりと。くすりと笑った彼女は、特に気にした風もなく続ける。
「さっきのは、まぁ確かにちょっと恥ずかしかったけど、別に怒ってないよ」
「お、おぉ。そっか」
あんまりにもあっさりと言われて、肩透かしを食らった気分になる。気にしてない、と言われて喜ぶべきなのかとも思ったが、先程の行為はやっぱり男として恥ずかしいというか情けないというか、要するにプライドの問題だった。
すっきりしない言葉に、彼女は少し唇を尖らせて、それから少し恥ずかしそうに視線を落としながら呟く。
「…それに、ちょっと嬉しかったし」
「へ?」
嬉しかった、とはどういうことだろう。早とちりしたあの姿のどこに喜ぶようなことがあるのだろう。首を傾げて彼女を見つめると頬を少し赤らめながらはにかんだ彼女は、まるで内緒話をするかのように小さな囁きを落とす。
「──私って、エースのものなんだなぁって思ったから」
えへへ、なんて笑う彼女のあまりのいじらしさに、考えるよりも先に身体が動く。昼間の街中で、人通りが少ないとはいえ、すれ違う人は確かに居て、でもそんなのお構いなしにぎゅっと彼女を抱きしめた。
腕の中にいる彼女は、エース、とか戸惑ったように名を呼ぶけど、それさえも愛しくて。キスしないだけ、まだ理性が残っていると思う。柔らかな髪を撫でつけて、そっと耳元で囁く。
「他の誰にもやらねェ、はおれのもんだ」
独占欲丸出しの余裕のない言葉に、彼女は真っ赤になって、それからはにかんで、
「うれしい」
なんて言うから、あァしばらくは離してやれそうにないな、と思いながらぎゅっと強く抱き締めた。


手を出すな!

17/12/6