意地っ張りの見栄っ張りというのは、中々どうして生きにくい。
いや、生きにくい理由は明白だ。それでもわかっていない振りをしてしまうのは、認めたくないからで。認めてしまえば、張った見栄は台無しだし、それを直さなくてはならないだろう。それをわからない振りをするのは、意地を張ってるという以外に理由などない。
「スティーブンさんはどうしてすぐそういうこと言うんですか!」
「君が毎度毎度学習しないから、俺が何度もこうやって注意する羽目になるんだろ!」
「別に注意なんかしてくれなくたっていいです、私だって大人なんですから!!」
「大人?君のどこが大人なんだよ、冗談にしては全然笑えない、ナンセンスだ。俺の知ってる大人の女性は、少なくとも君なんかとは比べ物にならないね!」
あ、しまった。と、思った時にはもう遅い。
ヒートアップしたまま、心にもないことをぶつけてしまった。怒りに任せて、つい吐き出した言葉は、もう取り返しようがない。人生は、ビデオのように巻き戻ったりなどしない。
瞳に一杯の涙を溜めながらも、なんとかそれを溢さないようにしていた彼女は、怒りに身体を震わせていた。文字通り、握り締めていた拳はぶるぶると震えている、そんなに強く握っていたら掌に爪が食い込むぞ、と普段であれば言えるのに今は平時よりも素直な言葉が出てこない。
「っもう、スティーブンさんなんか知らない!!!」
普段の彼女らしくない子供染みた捨て台詞を残して、バタバタと部屋から去っていく背中をどうして追えないのか。自問しながら、追い掛けようと出し掛けた手を引っ込める。いつだって素直なのは手だけだ、本当に子供なのは自分の方なのだろう。
やりきれない想いが腹の中をぐるぐると蠢いていて気持ち悪い、大きな舌打ちがしんと静まり返った部屋に響く。苛々しているのは、彼女の言葉だけが原因ではない。
こんな苛々はさっさと消化したい。解消する方法は簡単だ、今すぐ彼女を追い掛ければいい。追い付いた先で抱き締めて、さっきはごめん、悪かった、と言えば彼女はきっと許してくれる。そうしたら苛々は一瞬で霧散するから、幸せな心地の中、彼女に詫びと共に愛の言葉でも囁いて、その唇にキスを落とせばいい。なんの難しいことはない、素直になれば良いだけだ。
それなのに、妙な意地と見栄が邪魔をするから、自分の足は氷付けにでもなったように部屋どころか、一歩も動こうとしない。後悔なら、さっきからしているというのに、どうして自分はこうなのだろう。それでも直すつもりがないのだから性質が悪い、重々わかっているが直せないものは直せないのだ。
喧嘩の理由は、もう覚えていないくらい些細なものだった。いつもなら寛容に受け止める失言に、かちんと来たのはどちらだったろう。売り言葉に買い言葉、そのままずるずる言い争いに発展して、結局この様だ。情けない話だな、と自分でも思うが溢れだした感情が留まることを知らなかったのだから仕方ない。あぁそういえば、今日は彼女が不安定になる時期に重なっていたなぁ、と今更ながら思い出す。それが原因の一つでもあるのだろう、女性とは月に四度も性格が変わるのだから厄介だ。
それにしても、ここまで大きく発展した喧嘩は初めてだった。お互いそこそこの月日を重ねて生きてきたというのもあって、皮肉の応酬はあっても言い争ったことなどなかった。ほんのじゃれあいからそれに発展しそうになると、すぐにどちらかが折れて仲直りするというのがよくあるケースで、それが常だったのに。
普段であれば、また別の人物相手であれば、面倒だからさっさと謝ってしまったのだろう。しかし、今回ばかりは自分から謝る気が全く起きないから不思議だ。何故かわからないが、今回だけは折れたくなかった。折れたら何かしらが終わる気さえする、こんな子供のような、よくわからない意地を張るのは久し振りだ。
ソファーにどかっと座り込むと、その衝撃で彼女のお気に入りのクッションが揺れた。ふわりと香るのは彼女のフレグランスの移り香で、思いがけず脳裏に彼女が過る。揺れる髪を撫でたい、甘い唇にそっとキスをしたい、多分赤くなるであろう頬を撫でながら困惑したような表情を楽しみたい。そんな欲望が出てくるのに、身体はやっぱり部屋から出ようとせず、ソファに沈み込んでいく。
どうせ、一日と経たずに謝ってくるに違いない。勘違いでも自惚れでもなんでもなく、彼女は自分に首ったけだ。寂しさと後悔と罪悪感に苛まれて耐えられなくなって、その内遠慮がちに扉をノックしてくるだろう。そんな都合のいいことを考えながら、瞼を下ろす。そういえば昨日は遅かったんだっけなぁ、なんて思っている内にうとうと来るからそのまま眠りについた──思えば、この時さっさと謝っておけばよかったのだ。今更後悔しても、もう後の祭りなのだが。



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「お、お疲れさまでーす…」
恐る恐る声を掛けてくるレオナルドに視線を向けるとそれだけで、ひぃっと怯えた声が返ってきた。別に睨んだ訳ではない、ただ睡眠不足で人相が悪いだけだった。
あの日から、三日が過ぎた──未だに彼女は謝って来ない。勿論自分だって謝っていないのだから、もう三日はまともに顔を合わせていないことになる。
お互いの仕事がそれなりに繁盛しているお陰で、会える機会を作らないと中々会えないという我々の関係は、どちらかの家にどちらかが押し掛けないと顔を見ることも儘ならない。最近、彼女より自分の方が忙しかったために、彼女はわざわざ職場から遠い自分の部屋に泊まり込んでいた。それが迷惑だと思ったことは一度もない、寧ろはやく彼女と一緒に住みたいとさえ思っている。次の契約更新の時にそんな提案をしようと考えていたくらい、彼女の存在が溶け込んでいたのだ。そう、それこそ彼女が居ないと眠りが浅くなるくらいに。この歳になって、まさか一人寝が寂しいなどというこそばゆいことを思うとは、全く笑えない。
「す、スティーブンさん」
「なんだい」
「あの、なんか、あったんですか…?」
心底聞きたくないという表情をしながら、それでも敢えて問い掛けてくるレオナルドは、恐らくザップ辺りに脅されているのだろう。
ここ数日、自分のせいで執務室の空気が重い。それをわかっていて尚、取り繕うことすらしないのだから我ながら余裕がない。昨夜K・Kが報告にきた時など、普段であればここぞとばかりに挙げ足を取ってきそうな彼女に深々と溜息を吐かれてしまったくらいだ。クラウスとチェインの心配そうな視線にも気付いてはいたが、それでも打開するつもりはなかった──正確にはそんな余裕さえもないのだが。
野次馬根性で気になるのか、それとも単にこの悪い空気をなんとかしたいのか知らないが、ザップはどうにかこの状況を打破したくてレオナルドを送ってきたのだろう。戦術としては悪くない、ザップが直接聞いてきたとすれば、憂さ晴らしでもなんでも出来るが、一般人に程近い少年に八つ当たりするほど自分は子供ではなかった。相変わらず妙なところで頭が回る、そうでなければあの師匠相手にこれまで生きていないのだろうが。
おどおどしている少年に視線を向けると、その表情の凄惨さの中にも、こちらを心配するような姿が見え隠れしていた。心の優しい子だ、自分だったら押し付けられてもこんなこと引き受けないし、引き受けたところでそれとなくやり過ごして終わりだ。レオナルドは、ザップに言われたからという理由以上に、自分を心配してくれてるらしい。
ふぅ、と溜息を吐いて万年筆を置くと、面白いくらいにレオナルドは肩を跳ねさせた。そんなに怯えなくても良いだろうと思うが、この状況を作ったのは自分だから仕方ない。思わず苦笑を滲ませると、ほんの少し警戒心が解かれた。
「…少し、愚痴を聞いてくれるかな?」
誰かに話して、このどうしようもない苛立ちを少しは消化するのも良い。彼なら誰にも話さないだろうし、そこそこの切り口で案を出してくれそうだ。愚痴の捌け口として選ばれたレオナルドは、驚きながらも、小さく頷いた。
「ぼ、僕で、力になれるなら…」
慎ましい言葉だ。君はやっぱりどうしようもなく普通で、お人好しなんだなぁ、なんて思って少し笑った。久し振りの明るい感情だった。
事の顛末をかいつまんで説明する、彼女と所謂そういう間柄であることは結ばれた時に公言していた。あの時も今も、まさか自分がこういう報告をする人間になっているとは思ってもみなかった。そういえば、当時のK・Kとザップの顔は見事だったと思い返す、全くあの二人は自分のことをなんだと思っているんだか。
先程クラウスが置いていったドーナツを食べていたレオナルドは話を聞き終えるや否や、あっけらかんと呟いた。
「スティーブンさんも、人の子なんすねぇ」
今までなんだと思っていたんだ。
「あ、いや、そうじゃなくて、なんつーか…今までなんでもそつなくこなす人だと思ってたもんで、」
「女を怒らせるなんて意外かい?」
言葉尻を浚って皮肉めいた言い回しをする。事実、今まで女性をわざと怒らせたことはあっても、こんな風に口喧嘩することなんてなかった。自分だって意外に思う、スカーフェイスの名が泣いていそうだ。
「んー、というか、案外人間らしいんだなって思いましたね」
「…うん?」
「いや、ほら、スティーブンさんっていつも冷静というか、どっか壁みたいなの作ってる感じだったじゃないっすか。恋人さんと付き合うようになってからそういうのが薄れてるっていうか、まさかこんな惚気まがいの愚痴を聞かされることになるとは思わなかった…ってすいません!別に嫌とかそういう訳ではないですハイ!!」
「あー、いや、別にいいよ」
まいったな、というのが本音だ。この少年には案外諭い面がある、とは知っていたが、まさか敢えて指摘してくるなんて。大人であれば思っても言わないだろうが、そこはまだ成長過程故か、真っ直ぐに言われてしまうと怒る気さえも起きない。苦笑を深くさせると、わたわた慌てた彼はもっと慌てる。その姿が可愛らしい、というときっと不機嫌になるのだろうからくすりと笑うくらいで誤魔化す。彼見たいになれていたら、こんな下らない喧嘩などをしないのだろう。
笑ったせいか、レオナルドは次の瞬間には沈黙していた。恥ずかしさがあるのだろう、気まずそうな表情だ。
「…えっと、その、」
「ん?」
「めちゃくちゃ言いにくいんですけど…」
「なんだい?怒らないから言ってごらん」
限度はあるけど。と、いう言葉は心中におさめながらなるべく優しく促すと、もじもじとしていた彼は安心したのか言葉を続けた。
「スティーブンさん、要するに意地張ってるんですよね」
「は?」
「僕も、ミシェーラと喧嘩した時、たまにそういう感じになりました。いつもは妹だし、俺も悪かったしって素直に謝れるんだけど、なんか、たまにどうしようもなく怒りがおさまんなくて、絶対謝るもんかって」
思わぬ言葉に口を挟めなかった。しかもそれが、自分の中に起こっているものと似ているものだったから驚きだ。まるで、自分の気持ちを代弁されているような、妙な感覚になる。他の面々が出払っていてよかった、と心底思う。こんなことあの面子の前で言われたら、もういよいよ自分の信用は地に臥すこと間違いない。
「でも、話さない内に寂しくはなって。それでも、一回意地張っちゃったからもう謝れなくて。どんどん苛々が募っちゃって」
やめてくれ、と言えたらどんなに楽だろう。今自分はきっと、ものすごく面白い顔をしている自信がある。それ以上は勘弁してくれという気持ちと、そうなんだよわかってくれるかという気持ち、二つが上手く重なってなんとも言えない顔になっているに違いない。
「そういう時、女の人ってすごいんすよ。ミシェーラなんか、全部お見通しって言わんばかりに急に飛び付いてきたりなんかして、絶対俺の方が悪いのに、必ず謝ってくるんです。だから、」
それまで、郷愁に包まれていたであろうレオナルドは、にっこり笑って自分を見てくる。
「スティーブンさんも、大丈夫ですよ」
次の瞬間、ピリリと電子音が響いた。レオナルドに断って画面を見ると、彼女の名前が映し出されていたから驚きだ。慌ててレオナルドを見ると、全てを察しているのか、また一層笑みを深くして電話に出るよう促されるから敵わない。全く、誰だ?この少年が、普通なんて評したのは。こんなのが普通なんて冗談じゃない、癖の強い髪をザップがするようにぐしゃぐしゃと撫で回してから間仕切りにある会議室へと足を向ける。勿論耳元に受話器を押し当てながら、だ。
『…』
「掛けておいて無言なのはどうかと思うよ」
『スティーブンさんのばか』
開口一番に暴言とは何事だろうか。皮肉をいった自分は棚に上げながらそんなことを思う。
三日振りに聞く彼女の声は、怒りを孕んではいなさそうだが、それでもレオナルドとその妹のようにはいかないらしい。彼らと違って、自分達は良い大人だというのに、まるで子供のように意地を張り続けることがある。色々な面で素直な分、子供の方がよっぽどマシだ。
「悪口を言うために掛けてきたんだったら切るよ、俺もそんなに暇じゃない」
心にもないことを、この口はよくもまぁペラペラと紡げるものだ。本当は彼女からの電話が、死ぬほど嬉しいくせに。遠慮がちな彼女がわざわざこんな時間に、しかも仕事の合間を縫って連絡してくることなど、まずない。こちらを気遣ってるのだろう、いつだって連絡はメールだし、電話が来るとしたら仕事が確実に終わっている夕方から夜だけだ。そんな彼女が、まだ昼間だというのに、わざわざ電話を掛けてきたのだ。腹の虫がおさまらないとか、そんな理由ではない。恐らく、彼女と自分は同じ気持ちなのだ。それをわかっていて、尚、こんなことを言えるのだから自分と言うのはつくづく素直じゃないし面倒くさい。
『ごめんなさい──仲直り、したいです』
本当は、謝るなら自分からなのだ。だって彼女をひどく傷付けたのは自分だ、喧嘩両成敗とはよく言うが、今回ばかりは彼女に分があった──それなのに。
突然降って沸いてきた謝罪の言葉にどれだけ心臓が突き動かされたのだろう。震えた声で彼女から謝られてしまったら、もう張っていた意地なんかどうでもよくなった。絶対に謝るもんか、と年甲斐もなく決めていたものなど、全部丸めてゴミ箱に捨ててしまえ。
あぁ、レオナルド、君の言う通りだなぁ。やっぱり女っていうのは、中々どうして強い生き物だよ。
『……電話でいうのは、ちょっとあれだと思うんですけど、駄目ですかね、仲直り』
反応がないのが不安だったのか、少し震えたような声が続いてくる。言い訳染みた言葉に、駄目だとわかっていたのに思わず吹き出してしまった。間違いなく笑う場面ではないのだけれど、ついつい可笑しくなってしまったのだ。
『ちょっと…スティーブンさん?人がせっかく謝ってるのに、何笑ってるんですか』
「いや、ごめんごめん、つい」
受話器から漏れ出てくる声に、不機嫌さが乗っかっているのは当然だ。責めるような言葉に、彼女の拗ねたような表情を思い浮かべてまた一層可笑しくなる。つい先程まであんなに謝るもんかと意地を張っていたというのに、彼女の言葉、声ひとつで、あっさりと謝罪の言葉が出てくるのだから、我ながらどうかと思う。喧嘩、謝ってこない彼女への苛立ちなんかもまとめて吹っ飛んで、今はただ、愛しいと思う。今すぐ仕事を放り出して彼女を抱き締めに行きたいくらいには、彼女に首ったけだ。
「なぁ、今日は俺の家に帰ってきてくれよ」
『え?』
「仲直りしよう、今のお詫びも勿論する」
『急に、なんですか』
先程の笑いが尾を引いているのだろう、少し不貞腐れたような声が返ってくる。うん、まさに自業自得なのだが、そんなに慌ててはいない。不機嫌そうな彼女の声に少しの動揺を感じ取ったから、あとはもうこちらの思うがままだろう。
「頼むよ──君に会えなかった三日間、寂しくて仕方なかったんだ。お陰で寝不足になって、部下に心配までされたんだぜ?」
自分のことながら、情けないなぁと思う。だがそんな小さな見栄を張るよりも、今はただ──に会いたい。その大いなる目的のためならば、自分のちっぽけな見栄なんてどうだっていい。
『──私の寝不足も、スティーブンさんがきっちり解消してくれるなら、良いですよ』
素直じゃない言葉だ、回りくどいにも程がある。それでも思わず口許が弛んでしまうのは、彼女の照れ隠しとわかっているから。
「勿論、誠心誠意頑張るよ」
今日の仕事は早めに切り上げよう、明日からまた頑張れば良い。ひどい面を下げているのだから多少早く帰ったところで誰も怒らないだろう、そもそも自分を怒れるような人間はそう多くない。
堕落王も血界の眷属も悪事を働く連中も、頼むから今日ばかりは何も起こさないで欲しいと心底願った。今日はとにかくはやく帰りたい。さっさと着たくしてきっと待ってくれているだろう彼女を抱き締めて、ごめん、と伝えるのだ。きっと彼女は今更ですかと笑うから、キスをして、もう一度謝って、それから最後に愛を囁こう。
「…はやく、に会いたいな」
『午後の仕事に張り合いが出ましたね』
「なんだいそれ、可愛くないなぁ」
珍しく素直になったというのにあんまりな言葉が返ってきて、面白くない。不貞腐れたような声で皮肉を返すと、彼女はふふふと一笑に臥すから更に面白くない。全く、掌の上で転がされている気分だ。しかし、それも悪くないなんて頭の隅で思っていたりもするから、やっぱり彼女に相当やられている。
『じゃあそろそろ仕事に戻りますね』
「はいはい、残業なんてことにならないようにね」
『わかってますよ、あぁ、そうそう──私もはやく会ってキスしたいです、だからスティーブンさんもなるべくはやく帰ってきてくださいね』
「へ?」
『じゃあまた後で』
言うが早いがすぐに電話を切られた。ツーツーなんて無機質な音だけが繰り返し響いている中、自分は年甲斐もなく頬を染めて呆然と立ち尽くしている。
「──まったく、ずるいよなぁ」
いやはや、敵わない。恋愛は先に惚れた方が負け、なんて言葉がある。それが事実であるならば、自分はきっと一生彼女は敵わない。K・Kやザップが自分のこんな状態を見たらきっと腹を抱えて笑うだろう。でも、それも案外悪くないと思っているから、やっぱりどうしようもないくらい彼女が好きだ。
さて、こうなればさっさと仕事を終わらせてしまおう。彼女の言う通り、午後の仕事に張り合いが出たようだ。最後の最後にとんでもない爆弾を落としてきた彼女にどんな愛を返してやろう、そんなことを考えながら会議室を出ると満面の笑みで迎えるレオナルドが目に入る。
「どうでした?」
「…お陰さまで」
「それはよかったです」
ぱあっと顔を綻ばせるレオナルドに、本来であればディナーを奢るなりなんなりしなければならないだろう。だが、今日だけどうしてもはやく帰りたい。いや、恐らくレオナルドはなんの見返りも求めてない。今だって、ただ純粋によかったなぁと思っていることだろう。しかし、それではこちらの気が済まない。今度何かしら奢ることをしっかりと心に決めて、レオナルドの髪をわしゃわしゃっと撫でつけて、それから自分の席へと戻る。
さぁ、午後の仕事をとっとと終わらせて、とっとと家に帰ってやる。どちらが先に帰るだろうか、出来れば彼女を出迎えたい──そのためにまず、このなんでも起こってしまうとんちんかんな街で、ライブラが出動しなければ収まらないような問題が起こらないよう、祈ることから始めよう。

ごめんと言えない

15/06/28