「スティーブンさん、これどっちが良いと思います?」
「……右」
面倒臭そうに、でもきちんと答えてくれたのは、店内にいる女性の視線を欲しいままにしている愛しい恋人。居心地が悪いであろうファンシーで柔らかな色合いの店内、似つかわしくない筈なのに伊達男はこんなところでもその真価を発揮する。不釣り合いであろう可愛らしい色合いの中でも、すっと立つ姿は相変わらずかっこよかった。
スティーブンに選ばれたのは、白のワンピース。袖と裾はフリルがあしらわれいるものの清楚さは失われていない可愛らしいデザインだ。なるほど、確かにこれは似合うであろう、先程鏡に合わせてみたがしっくり来る、しかしこれを素直に受け入れられない理由があった。
「そうですか?でも私的には左も捨てがたいっていうか…」
というのは、半分嘘で。本音は、この洋服だと、可愛さはあってもあまりに子供っぽくて、彼の隣に並ぶのに相応しくない気がするのだ。
そんなこちらの反論に、スティーブンは面倒臭そうにやれやれと溜息を吐く。先程から小一時間近くもこの店で、ああでもないこうでもないと悩んでいるせいだろう。明らかに疲れているし、飽きている。それは嫌というほど理解しているが、長時間の買い物も大歓迎と言ったのは彼自身なのだ。それに、今までショッピングデートなるものを我慢していたのだから、これくらい多目に見てくれたって良いではないか。忙しい彼の時間を、こうやって少しでも独占出来したいという浅はかな考えもあるのだが、それには目を瞑って貰いたい。
「だったらどっちも買ったらいいだろ」
「出た、セレブ思考」
「君ね…」
呆れたような溜息。しかし彼は文句を言うこともなく、じっと左手に持ったワンピース─大人びたモノトーンのノースリーブワンピースだ─を眺めて、それからこちらに視線を向けた。
「それ、着るには少し色気が足りないよ」
「ひどい!」
あんまりだ。
「だって君、すぐそうやって頬を膨らませて拗ねるじゃないか」
「悪いですか」
「だからそういうところが、そっちよりこっちの方が良いだろうって思う理由の一つなんだよ」
ぐう。反論がすぐに出てこない辺り、彼の言うことは正しいのだろう。そう、実際自分でも、この二つのワンピースだったら、どう考えても右の真っ白なワンピースを選ぶと思う。そもそも手に取った理由は可愛いと思ったからだし、自分だって気に入ってはいる。
しかし、だ。今回のテーマはスティーブンの隣を歩いていても見劣りしないもの、なのだ。彼は知らないだろうが、可愛らしいデザインのものを着て、何度彼の"仕事相手"に馬鹿にされたことか。その度に情けない気持ちになって、彼の隣に相応しいであろう女性の大人びた姿に嫉妬した。だからこそ、一つや二つくらい、こういったデザインを選びたいと思うのだ。
ぐぬぬ、と唇を一文字にしてどうにか反論しようと考えていると、不意に白のワンピースを彼に奪われる。その手口のあざやかなこと、どうしたのか聞こうとした矢先に、スティーブンはこちらではなく少し距離をとってこちらを見ていた店員へと声を掛けた。
「失礼、これ試着したいんですが」
「ちょっ」
「はい、かしこまりました」
止めようと口を挟むが、彼の魅力に囚われている店員はちっぽけな女の声など耳に入れない。そっと、彼の手からハンガーを受け取る際に、その節ばった手に触れる始末だ。おい、ここに連れがいるんだぞ。
スティーブンはそんな店員を微笑みで往なすようにして、そっとこちらの肩に掌を滑らせた。
「ほら、はやく着替えておいで──きっと似合うから」
わざわざ屈んで、耳元に薄い唇を寄せて、そっと囁いてくる。店員も自分も、ぼっと頬を染めるのは仕方ないだろう。なんで試着を促すのにそんな色気たっぷりなんだ、今使うところじゃないだろう。そう言いたいのに、ドキドキと胸の鼓動があんまりうるさくて、小さく頷く他に何も出来ない。恋人扱い、が嬉しいというのが本音だ、例えそれが店員を遠ざける手段だとしても。
結局、少しばかり背伸びして選んだモノトーンのノースリーブワンピースは試着室へと行く前に店員に奪われ、手元に残ったのは可愛らしい白のワンピース。いや、可愛いけど、これ欲しいなって思ったけど。
カーテンが閉まる寸前、ちらりと彼を振り返るとまるでしてやったりと言わんばかりの笑顔を浮かべていて、ちくしょう嵌められたのだと思い知る。
あんまり悔しいから出来る限りゆっくり着替えてやろうかと思ったが、先程の店員が試着を頼まれたのを良いことに世間話を装ってモーションを掛け始めたので、結果として今までにないくらいの速さで着替えることになった。さっきの見てなかったのかあの女、きっとこれも彼の思う壺なのだろう、ちくしょうめ。
「うん、似合ってるよ」
「そりゃどーも…」
カーテンを勢い良く開けて出ると、待ってましたと言わんばかりの笑顔で、用意されていたであろう言葉を貰った。あんまりにも自然で、きっとこれは今まで数多の女性が聞いた言葉なんだろうなぁと思うと、嬉しさと恥ずかしさはどこかへ吹っ飛んで、へっと顔を歪めながら不貞腐れることになる。我ながら可愛くない、可愛くないが面白くないのだから仕方がない。子供だと言われても良い、だって今日は、折角お互いの壁のようなものが一つなくなったような気がしたのに。他の女にしたような言葉なんて、いらない。
「これ、買います。新品出して貰えるかな」
「え?」
「はい、かしこまりましたぁ!」
またか、またなのか。店員はこちらの動揺など目の端にも入れず、スティーブンに対して猫撫で声で可愛らしく会釈して、パタパタと店の奥に走って行った。この置いてきぼり感はなんなのか、というか、まだ気に入ったなんて一言もいっていないというのに。
「ちょっと、スティーブンさん!」
「俺が買うから、金の心配はしなくて良いよ」
流石セレブ、ってそういう問題ではない。
「じゃなくて、私、これ気に入ったなんて一言も…」
「気に入ってるだろう、この店に入ってから鏡で合わせるまでしたのは、それとさっきのやつだけだ」
ぐう、バレている。小一時間近く店内をうろついて無駄話をしながら選んでいたせいですっかり疲れきってきた癖に、意外とこの人はちゃんと見ていたらしい。こういうところがモテる理由の一つなのだろうか、スカーフェイスの名は伊達ではないのだろう。
「さっきの、君のことだから俺に合わせて選んだんだろうけど、」
そっちもバレているのか。
試着室へと頭を覗ける形で腰を曲げるスティーブン。自然と顔が近付いてくる、それと同時に店内はあまり見えなくなってしまった。どうしたというのだろう、先程までの微笑みとは打って変わって、憮然とした表情でこちらの顔を覗き込んでいる。
「な、なんですか」
「そういうことしなくても──俺は以外見てないから」
こつん、額を合わせてくるスティーブンの瞳は自分を見つめていた。蘇芳の瞳が、ただ真っ直ぐに、他の誰でもない自分を。何か言おうにもどっどっどっ、心臓は早鐘のように鳴っていて言葉が出てこない。頬が熱い、胸が痛い、苦しい──この人が好きで好きで好きで、苦しい。
「わかった?」
最後に、甘えるように問い掛けられて、もう言葉なんて発することは出来ずに小さく頷くばかりだ。それに満足したのか、すうっと顔を引いた彼は目を細めて笑った。
「それ、可愛いよ。はレースよりフリルが似合うから」
殺し文句のおまけ付きだなんて聞いてない。先程から熱い頬が更に熱くなっているせいだろう、ぺたりと添えられた掌はやけに冷たく感じた。
「さ、着替えておいで。支払いは済ませとくから」
「そんな!私、自分で払います、貰う理由ないです!」
ようやく口に出来た言葉はこんなにも可愛くない。きっと、今まで彼と付き合ってきた人物はこんな時、いいの?ありがとうと笑顔で礼を言うのだろう。それでも、誕生日でもクリスマスでもない普通の日に何かを貰うというのは、どうしても気が引ける。それが例え、収入が自分よりも明らかに多いであろう恋人であっても、だ。
こちらの態度に、瞳を丸めた彼はすぐに破顔してけらけらと笑いながら、するり、と頬を撫でてくる。
「君、知らないの?」
「何が、です?」
「男が女に服を贈る、たったひとつの理由」
そんなものに理由なんてあるのか。首を傾げることで返事を返すと、スティーブンはこの上ないくらい楽しそうに笑みを深めて、先程よりも更に腰を曲げて唇を耳許へと近付ける。
「──それを着た君を抱きたい、って意味さ」
ちゅ、とわざとらしく音を立てて口付けられる。それと同時に、火が点いたようにばっと後退りをしたのは致し方ないだろう。あまりに勢いが良すぎて、背中が鏡に当たってしまった、店員さんごめんなさい。
耳に手を添えて、ばくばくとうるさい心臓を何とか静めるために呆然と立ち尽くしていると、くつくつと喉を鳴らして実に楽しそうに彼は笑い出す。あぁもうちくしょう、これだから恋愛偏差値の高い男は。
「意味がわかったみたいで何より。そういうことで俺の楽しみを邪魔しないでくれよ?」
「ば、ばっ、ばばばっ」
「んー?何が言いたいのかさっぱりだ、さぁそれじゃあ着替えを頼むよ、お姫さま」
ばちん、気障ったらしく片目を瞑って見せた伊達男は、こちらの了承も取らずにシャッとカーテンを閉めてしまう。わなわな、と震える腕は明らかに怒りを表しているのに、ずるずると足の力は失われてその場にぺたんと座り込んでしまう。
なんてことだ、やられっぱなしにも程がある。試着室の外では、先程から色目を使ってくる店員の猫撫で声がスティーブンをレジへと促していた。あぁもう、本当に敵わない。これが本当につい一時間近く前に部下に嫉妬していた男のやり方なのだろうか、いや嫉妬していたからこそかもしれない。
くそ、もうこれは完敗だ。どこで勝負に発展したのか、なんて野暮なことは聞かないで欲しい。取り敢えず今自分はさっさと着替えて、この後どこかのタイミングで何かしら仕掛けて、あの伊達男にクリーンヒットを食らわせなければならない。そうでなければ気が済まない、負けず嫌いなのはお互い様だ。でも今は、あまりにも絵になる男の、とんでもない威力の攻撃に打ち震えるしか出来そうになかった。



選んだのは、きみのため

15/11/25
リクエスト企画【「きみが選ばない理由」続編。スティーブンと買い物をする話。どの服を買うか散々迷って待ちくたびれてもやっぱりヒロインが好き、みたいなほんのり甘い話】
以下、リクエスト主様へ私信



まずはじめに、リクエスト誠にありがとうございました!!
魅力的、とのお言葉、大変光栄です…私の身体についてもありがとうございます。
細かいリクエスト大変嬉しかったのですが、それにかなっているのでしょうか…?
ちなみに、スティーブンさんは入店からずっとヒロインだけを見ています、確かに飽きてるし疲れているんですが、それも踏まえて浮かれています。そして同じくヒロインも物凄く浮かれていて、二人でショッピングデートを楽しんでいます。
この後、きっと言いくるめられて部屋で試着、そしてベッドインになるのでしょう…。 そんなお話になりましたが、いかがだったでしょう。苦情などなど受け付けております。ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも、よかったらこれからも当サイトにいらして下さると嬉しいです。
それでは、繰り返しになりますが、リクエスト頂き、誠にありがとうございました!