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呪いを解くには、総じて愛するものからの口付けが必要だと、ご存知だろうか。
その日は、珍しく定時に職場を後にすることになった。早速恋人にメールをすると、彼も今日は早く上がれたらしい。家で待ってる、なんて甘い返事が来たから思わず口許が弛んでしまった。歩き慣れた道を行く足取りは軽く、浮かれているのは傍目から見ても丸わかりだろう。
当たり前のように彼の家に帰る、そんな些細なことが、嬉しくて、幸せでたまらない。半同棲状態となっている今、自分の家に帰る方が稀だった。次の更新の時にはいっそ契約解除してしまおうか、あぁでも彼に相談なしで事を進めるのはまずいなぁ。
そういえば明日は彼も仕事が休みだったはず、自分は明日から休日出勤の埋め合わせで長期休暇だ。今日は甘い夜を過ごせるのだろうか、慎ましやかではないことを考えながら、まるでスキップをするような勢いで彼の家へと急いだ──待ち構えている恋人が、いつもとは違う姿になっているなんて、露ほど知らずに。
「やぁ、おかえり。早かったね」
貰った合鍵に口許を弛ませながら錠を開け、玄関を抜けてリビングへと入るとそこには愛しい恋人の姿が──なかった。いや、正確に言うとあることにはある。ただ、それは朝見送ったスーツが嫌というほど似合う伊達男ではない。
シャツに蝶ネクタイ、膝丈のパンツが故にソックスガーターがと刺青が丸見えで、眩しい膝小僧から下はハイソックス。ブルネットのふわっとした髪、あどけない顔立ちに少し不釣り合いな傷痕は、少し妖艶な雰囲気を漂わせる。美少年、と呼ぶに相応しいだろう。そんな美少年が、恋人お気に入りのソファで足を組みながら鷹揚に微笑んでいた。
「さて問題。"僕"は、誰、でしょう?」
美少年は、ボーイソプラノの軽やかな声音で問い掛けてくる。美少年は何をしても美しいからして、首を傾げる姿はそれこそ美しかった。
一方自分はと言えば、そんな美少年を前にして、間抜けにも口をあんぐりと開けて、目を見開く他に出来ることはない。一応頭は回転をしていて、きっと"彼"は自分のよく知った人物であろうことは理解していた。だがしかし、理解していても納得は出来ないもので。
「……もしかして、」
「うん?」
「す、てぃーぶん、さん…?」
確かめるように、ゆっくりと、愛しい恋人の名を呼ぶ。すると、彼の面影を残した美少年は、花開くように微笑みを深くした。
「大当たり!」
なんだこのとんでも展開は。



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スティーブンの話は、実に単純明快だった。
「いやぁまいったよ」
そんな語り口から入った事柄は、ヘルサレムズ・ロットらしいと言えばらしく、日常かと言われれば是が非でも否定したいものだった。
どうも"仕事"で訪れた先で、不幸な偶然が重なって妙な呪術に掛かってしまったらしい。それを聞いた瞬間にぺたぺたと彼の身体を触ってしまったが、どうやら身体に大した影響はないみたいだ、と彼は言った。いや、どう考えても影響出てるよ。
へらっといつものように笑った彼は、明るく告げる。
「多少身体が縮んでしまったけど、"仕事"に影響はないんだ。何せ記憶もあれば体力もある、人格だってしっかりしてるしね」
不幸中の幸いとはこのことだよ、なんてけらけら笑う彼が、どう考えても能天気だとしか思えないのは、こちらに何か問題があるのだろうか。
「で、でも、」
「あぁ大丈夫、伝手を使ってちゃんと特効薬の手配はしてるし」
「それって届くのに…」
「一週間くらい掛かるかな」
どこが大丈夫なのか。
「推測するに、13くらいの身体になってるみたいなんだ。いやーこんなに身体が軽いのは久々だよ」
「そんな能天気な…」
確かに、最近のスティーブンは激務らしく疲れが見えていたけれど。
がっくりと肩を落としていると、くい、と顎を持たれて強引に彼の方を向く形になる。気が付くと美少年の顔が間近にあって、こんなとんでもない状況だというのにドキリと胸が跳ねてしまう。
「この身体だと、君と目線が近くて嬉しいよ」
「…随分と発育がよかったようで羨ましい限りです」
こっちは背徳感がじわじわと感じてきて困ります。
いくら発育が良くとも、13という年齢にはダメージが大きかった。確かに彼は自分と大して変わらぬ背丈のようで、そのことに喜べばいいのか悲しめばいいのか。
しかし、見た目は変わってしまったと言えど、中身はそのままなのだ。彼曰く、生活において問題はないようだし、暫くは目線が近い彼を堪能するべきか。そう考えた次の瞬間、形の良い唇が近付いてくる。ふに、と柔らかな感触が瞼に落ちた。
「せっかくだから休暇を貰ってきたんだ、どうやら子供が働いてるのは中々精神に来るみたいでね」
「そりゃ、よかったですね…?」
「うん、緊急事態がなければ俺は一週間ぐうたら出来る。そして君は?」
「長期休暇ですけど…」
「つまり、」
「のんびり出来ますね」
「そう、二人で!」
はにかむように、噛み締めるように目を細めた彼は、ひどく幸せそうだった。かく言う自分だって嬉しい、最近はお互い忙しくて朝と夜しか会えなかったのだ。
「二人で思いきり、いちゃいちゃしない?」
「…嬉しいお誘いなんですが」
「うん?なに?」
「……どうも、犯罪みたいで」
告げた瞬間、ぷっと吹き出した彼は腹を抱えて笑い出した。いや貴方はいいでしょうが、こっちは問題大有りなんですよ。
何せ、普段とあまりにも違う姿だ。どんなに甘い言葉だって、いつもの低音ではなくボーイソプラノで響くし。美しさは変わらずとも、あどけなさが足されていて妙に犯罪臭いのだ。背丈は全く変わらないというのが憎い点だが。
「くくっ、そっか、犯罪か」
「いちゃいちゃは、そりゃあしたいですけど」
「けどなに?ドキドキしない?」
ずい、と鼻先が触れ合うのではと思うくらいの距離に、端正な顔が近付いてくるから胸の鼓動は当然のようにはやくなる。何せ面影はあるのだ、そしてこの子が愛しい恋人そのままだというのは、先程の説明で大いに確認済みだ。
こちらの返答は知っているのだろう、ニヤニヤとからかうような視線が飛んで来るから憎らしい。少し子供っぽくなってないか、いやそういうところも可愛くて好きなんだけど。今の姿でそんな表情をされると、小悪魔的で、なんというか胸のところがもぞもぞしてくるから困りものだ。
「…しますけどぉ」
「そう、それはよかった」
ようやく返事をすると、知っていた癖にそんな答えが返ってくる。そして顔を近付けたついでとばかりに、額へ唇が落ちてきた。家にいるとすぐこれだ、案外スティーブンはキスが多い。嬉しいからいいのだけど。
「しかし、この姿で君に敬語を遣われると…なんていうか、あれだね」
「あれ?」
神妙な面持ちで一つ頷いて見せた彼は、ちょいちょいと手招きするから素直に耳を寄せる。耳許に彼の吐息が掛かって少しくすぐったいな、なんて思いながら。
「──少し、えっちな気持ちになってくる」
「!?」
そうしたらとんでもない言葉が落ちてきて、おまけにちゅっと音を立てて耳にキスまでしてくるから慌てて身を引いた。その様子にくすくす、と笑いを溢した彼は、それはそれは楽しげに微笑んだ。
「だめ?」
微笑みながら、こてんと首を傾げてくる。ちくしょう、かわいい。
この人は絶対、自分の魅力とどうしようもないくらいに彼が好きな恋人のことを充分に理解しているのだ。普段だって彼のかっこよさと、色気と、ほんの少しだめな可愛さとでメロメロになっているのに、今回はいつもより可愛さが倍増しているのだ。それも、蠱惑的に。
「大丈夫、この歳の頃だったら確か精通は済ませてるから」
「そういう問題ではない気が」
「じゃあ、どういう問題?」
そんなものは先程話していた犯罪についてに決まっているではないか。そう返せればよかったのに、目の前にいる推定13歳の恋人の可愛らしさと色気にくらくら来ているから笑えない。
ずる、ずる、ソファで後退りしても無駄であろうことはよく知っていた。何せ逃げ場がすぐに失われてしまうのだ、それでもまだシャワーも浴びていないというのに、流されてしまうのはどうかと思うし。そもそも、13という年齢の彼に抱かれるのは如何なものだろう、性犯罪ではないのだろうか。いや合意だし三十路を越えた相手なのだけれども!
「ねぇ、
ぽつり、落ちてくる声は、いつもよりずっと高いボーイソプラノの筈なのに。どうしてこんなにも、熱を帯びているのだろう。
するりと、きちんと結ばれた蝶ネクタイを性急にほどく姿がこんなにも色っぽい少年は、どこを探してもいない。ギシッ、と柔らかなソファが二人分の体重を受け止めて鳴く。
「──シたいな、君とえっちなこと」
あぁ、もう。
こんなのは倒錯だ、馬鹿げている。どこの世界に身体が縮んだ恋人とセックスする女がいるのか、どこの世界に身体が縮もうとセックスしようとする男がいるのか──ここに、このヘルサレムズ・ロットにいるのだ。
諦めたら、行動は素早かった。いつもより、少し頼りげのない首にするりと腕を回して、鼻先を寄せて首を傾ける。目の端に満足そうに笑った彼が見えた。
ちゅ、とまるで子供同士みたいな、唇を合わせるだけの軽いキスを一つ。次は唇をお互い舐め合って、最後に舌を絡ませ合う。いつもより、ほんの少しだけ小さな舌が、いつものように口内を犯していく。倒錯だ、お伽噺でもこんな展開は有り得ない。しかし残念ながら、この呪いは、キスで解けるような甘いものではなかったらしい。
いやらしさを秘めた瞳が細められて、きちんと留められた釦を乱していく。 そういえば、最近忙しくて全然してなかったな、そんなことを思っていると、首筋に埋められた彼が自分に集中しろと抗議するように甘噛みしてくるからついつい声が漏れる。
いつもと変わらない柔らかな髪を撫でて、いつもと違うあどけない顔を眺めて、押し寄せてくる欲に飲み込まれる。倒錯だ、でもこれは紛れもなく真実であり、愛するもの同士の歪んだ本能なのだから仕方ない。
それから、今の彼に合うスキンがないという事実に、これは倒錯ではなく喜劇かな、なんてふざけたことを考えたが、結局致すことには変わりないということを今の我々が知るのはもう少し先の話。


倒錯と呼ぶにはあまりにもまっすぐな

15/11/27