スティーブンと恋人同士になって、もう結構な時間が経った。お互い良い大人だし、ティーンのような初々しさはないにしろ、それなりに幸せに過ごしていたと思う。キスもセックスもした、なんなら付き合うようになったその日の内に済ませたというのが正しいだろう。今更勿体ぶるほど子供でもなかったし、何より自分も求めていたから流されるままに致した。そのことは、まるで昨日のように思い出せる。それだけ濃厚で、幸せで、忘れられない、忘れたくない思い出のひとつだ。
初めて身体を重ねた日から、特別間が空いたことはなかった。お互いに初めての相手でもなかったが、二人っきりになると堪らなくなってついついそういう雰囲気になってしまう。ティーンじゃないんだから、そう思いながらも彼に迫られて、口付けられたらもう後はされるがままで。そのことに不満はない、彼に愛されていることがよくわかるし、恥ずかしながら気持ち良いし。そう、彼の手管はすごい。今まで何人の女を抱いたのか、そううっかり考えてしまうくらいには手馴れていて、しかもそれが押しつけがましくなくて。丁寧に抱いてもらっていることはよくわかっていた、でもこう思ってしまうのだ──彼は本当に、満足しているのか。
考え出してしまったらもう後には戻れなくて、経験豊富な彼のことだからきっと色んな女性を抱いてきたのだろう、それこそ自分なんかとは比べものにならないくらい良い身体の女を。
そんな女性達を抱いてきた彼なんだから、いつか飽きられてしまうんじゃないか。
一瞬よぎった不安はもう目まぐるしく頭を回る。今はまだ、付き合い始めの盛り上がりがあるからいいかもしれない。でも、時が過ぎて、東洋の血が入ったあんまり凹凸のない身体を見慣れて、反応にも慣れてしまったら?考えれば考えるほどにどんどん追い詰められていって、そうしてやがて、ひとつの結論が出た──飽きられる前に、飽きないような工夫をすればいいのだ。
そう、そうだ。人間は慣れていく生き物だ、新鮮だったそれも毎回同じではいつかは慣れる。では、そうならないためにはどうすればいいのか。答えは簡単だ、変化を付ければいい。その変化はなるべく顕著な方がいい、とはいえ自分に出来ることはそう多くない。経験が少ないのだ、彼に比べたら悲しくなるくらい少ないだろう。自分なんかの考えでは、彼を驚かせるまでには至らないかもしれない。じゃあどうすべきか、答えは簡単だ、経験豊富な人間に聞けばいい。
そうと決まれば、すぐ行動だ。自分の知る限り一番経験豊富な友人の番号へコールする。
「あ、もしもし?ちょっと相談があるんだけど…」
斯くして、夜の営みを続けるための努力の日々が幕を開けたのであった。



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とは言ったものの、初心者がいきなりハードなことに挑戦するのは良くない、という実に最もな意見によってそこまでハードなことは教えてもらえなかった。まずは、手近なところから責めていって、どんどんレベルを上げていくのが良い、そういう彼女の姿は実に頼り甲斐があるものだったし、自分もすぐさまアブノーマルなことをする勇気はなかったので大人しくその提案を受け入れた。
曰く、最初のステップは、ほんの少し日常から外れたことをすれば良い。そんな簡単なことでいいのか、と思いつつも実際に行うとなると話は別で。恥ずかしい、その上喜んでくれるか不安に思うから、やっぱり最初はこれくらいからスタートするべきなのだろう。
「ゆっくり出来た?」
シャワーを浴びた自分を迎えるスティーブンは穏やかそのものだった。この先のことを考えると、恥ずかしくて不安で、どうにもこうにも気持ちの折り合いがつかなくてうだうだと時間を過ごしていたから随分待たせたというのに、彼は怒ることなく微笑んでいた。すごい、これがモテる男の余裕ってものなのか。こちらとは打って変わって、まるで日常の延長のように穏やかに笑う彼はやっぱり慣れている。こっちなんか、期待と不安が入り混じってもう泣きたくなってるっていうのに。
「じゃあ俺もシャワー浴びてくるから──ベッドで待ってて」
あんまり穏やかだから、もしかして今日はしないのかな、なんて思っていたら、とんでもないものが落とされる。こういう時、どう反応すればいいのかわからなくて、小さく頷く他になくって、まだしっとりとしているだろう頬に彼の唇が触れた。思わず頬を赤くすると、くすり、と笑って彼はシャワールームへと消えていった。
流石、伊達男。出鼻からすっかり彼のペースだった。いや、いけない。このまま飲まれていてはせっかくの助言も、せっかくの努力も全部全部水の泡だ。まとったバスローブをぎゅっと握り締めながら、言われた通りベッドルームへと向かった。
ベッドに腰掛けると、ふわりと良い香りがした。ポプリの香りだろうか、淡く鼻腔を擽るそれは緊張している心を少しだけ落ち着けてくれたような気がする。それと同時に本当にマメだなぁ、と心底から思う。この香りはルームフレグランスではない、他の部屋とは明らかに違う香りは多分、きっと、セックスのための前準備なのだろう。香りを変えたいだけならルームフレグランスだっていいだろうに、この香りは枕元からする。もしかしたら安眠のためのものなのかもしれないが、それだったらラベンダー辺りを使うのでないだろうか。所謂ムード作り、というものだ、と気付いたのはもう何回か身体を重ねてからだった。気付いてからは、本当に手馴れているなと思うのと同時に、この匂いを嗅ぐとどうにも胸がドキドキと騒ぎ出すから性質が悪い。パブロフの犬よろしく、期待してしまうからだ。一体いつからこんなにはしたない女になってしまったのか、と後悔するが、でもそれ以上に彼の身体を求めてしまうからもうどうしようもない。
いつも以上にうるさい胸の高鳴りを確かに感じながら、彼を待つ時間はまるで永遠に等しいのではと思ってしまう。だが、永遠なんてものはこの世にはない。ガチャリ、と静かに扉が開いて、バスローブ姿の彼が現れた。濡れた髪に、ドキっとしてしまうのは反射みたいなものなのだろうか。
静かに、焦ることなくゆっくりとベッドに腰掛ける姿はいつも通りで。でもそんないつも通りの姿だからこそ、いつも以上にドキドキしてしまう。髪を撫でられて、頬を伝って、顎を掬われる。俯きがちだった顔は彼のことを見上げる形になり、自然と蘇芳の瞳を見つめた。吸い寄せられるように唇が触れる。すぐに離されたそれを追い掛けるようにこちらからも唇を重ねて、彼の薄いそれを舐める。それが合図となって、息を吐く間もないような深い口付けに襲われた。経験豊富な彼はキスも上手い。嫉妬するのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに何も考えられなくなってしまうのは、経験の差なのかそれとも惚れた弱みなのか。座っているから良いようなものの、これが立っていたらと考えるときっともう腰砕けになっていることだろう。
気が付いたら、ぽすんとベッドに押し倒されていた。彼がスマート過ぎるのか、それとも自分がキスに夢中になり過ぎたのか、それはどちらかわからない。覆い被さってくる彼の瞳は熱っぽくて、なんていうか色気がむんむんだった。あぁ、これから抱かれるんだというのがありありとわかってしまい、また頬が熱くなるのを感じる。いつまで経っても慣れないこちらの反応が面白いのかどうなのか、ともかくお気に召した様子で彼は微笑んで、顔中にキスが落ちてくる。それが心地よくて、くすぐったくて、恥ずかしくて。その内に、彼の唇が首元に移動して、ちくりとした甘い痛みが走る。襟の高いブラウスを着れば見えるか見えないかギリギリのところに痕を残す辺り、彼は中々に強かだ。
バスローブの合わせに手を差し入れられたところで、はた、と気付く。これじゃあいつもと変わらないじゃないか…!
せっかく勇気を振り絞って着たのだから、このまま流されるままでは駄目だ、と慌てて彼の手を掴む。
「…なに?」
熱い吐息と共に耳元で囁かれて、ぞくりと身体が反応する。一体どこから出してるんだっていうくらい甘い声にうっかり絆されそうになるが、ここは大人の女性らしく、少しは積極的にならなければ。そう思って、そろそろとベルトに手を掛ける。恥ずかしくて彼のことを見ることは出来なかったが、こちらの様子に何かしたいことに気付いたのだろう、じっくりと見つめられている気がする。見られていることが恥ずかしいのか、それとも脱いだ後の反応が怖いのか、ドキドキとうるさい心臓をなんとか誤魔化しながらゆっくりと、バスローブをはだけさせた。
ごくり。彼が息を飲む気配がする。それはどういう反応なのかわからないが、もう恥ずかしくて恥ずかしくて消えてしまいたくなった。
バスローブの下に着ていたのは、所謂セクシーランジェリーというもので。経験豊富なお姉さん方ならさらりと着こなしてしまうのだろう、隠すべきところは隠されているものの、そこにはリボンが付いていて、それを外してしまえば下着をつけたままでも用が為せるものだった。残念ながらサイズはそこまで豊満じゃなかったため、どれだけの威力があるものかわからないが。
すっかり黙ってしまった、というか固まってしまった彼に恥ずかしさはピークに達する。やっぱり、こういうのはもっとスタイルが良い人がするからいいのだろうか。はしたないと思われただろうか。飽きさせないため、と頑張ったが、努力の方向が間違っていただろうか。
次々と襲い来る不安の中、耐えきれなくなってちらりと視線を彼に向けた次の瞬間。
「んんっ」
今までのが嘘だったのかのような激しい口付けが襲ってくる。まるで食らいつくようなそれに、答えるどころか息をする間もない。驚いて固まったままの舌先を綺麗に掬って、蹂躙されていた。そういえば、口の中にも性感帯があるって知ったのは、彼とキスをしてからだったっけ。なんて呑気なことを考える余裕すらない。
ようやく唇が解放された時には、寝転がっているというのに腰砕けで、酸素不足でくらくらしていた。糸が引いている辺りを見るに、激し過ぎるキスだったんだなぁなんてどこか他人事のように考えて、ぼんやりそれを見送った。
はぁ、と熱い吐息が唇に降ってきて視線を絡めると、驚くくらい鋭い視線で。どうしたのだろうか、と考えたところで、つぅ、と剥き出しの肌を彼の指がなぞる。くすぐったさに身を捩っていると、丁度胸の下辺りでその指が動きを止める。
「こんなもので俺を煽って、どういうつもり?」
言われるまでもなく気付いているくせに、意地が悪い。胸の先端にあるリボンの端をくるくると指に巻き付けて、それはそれは楽しそうに笑っているから、どうやらこの作戦は成功したようだ。
?」
ねだるように名を呼ばれてしまい、ぐうと唇を噛み締める。どうやら言わなければこの先はしない、と言いたいのだろう。こっちは先程の熱いキスのせいですっかり身体がその気になっているというのに。
唇が震える。恥ずかしさが頂点に達しているからだ。それでも、彼は手助けすることなく、うん?なんて首を傾げて促してくるから。
「スティーブンさん、に、飽きられないようにしたくて…」
小さな小さな蚊の鳴くような呟きを彼が聞き逃すなんてことは、当たり前のようになくって。言い切る前に、さっきの激しさとは打って変わって優しい口付けが降ってくる。
「──馬鹿だな、俺が君に飽きる訳ないだろ」
そこから先はもう、言葉なんていらなかった。


ねぇ、夢中になって

17/10/25