「撮りますよー」
パシャ。手元の画面を覗くと、きれいに切り取られていたから満足だ。思わず口元を緩めると、被写体達が動き出す。ビールを飲んだり、別の集団のところに潜り込んだり、様々だ。
「撮れた?」
「えぇ、もう、バッチリ」
被写体の中でも一番はやく動き出したのはだった。こちらの言葉にきゃっきゃと喜んでいる姿を見れるのは、なんだか嬉しい。カメラを操作して先程撮ったばかりの写真を呼び出して彼女に差し出すと、覗き込むようにして顔を寄せられるから、少しばかりドキドキしてしまうのはしょうがないと思う。だから童貞なんだよ、なんてどこかのくそチンピラな先輩の声が蘇ってくるが、そんなのは無視だ無視。第一、その先輩はすっかり酒に酔ってソファの上で潰れていた。相変わらずだ、あとで写真に撮っておいて素面の時にからかってやろうか、なんて考えたが、どうせモデル料をよこせとたかられるのがオチだからやめておくことにする。触らぬ神になんとやら、だ。いや、神と比べるにはあまりにも失礼過ぎるのだけど。
「ねぇ、レオくん」
先程まで嬉しそうに騒いでいた彼女に、不意に小さな声で名を呼ばれる。恥ずかしそうに瞼を伏せながらもじもじと指先を絡ませて遊んでいる彼女の姿はひどく可愛い。普段ザップはよくからかっているが、なんだかんだ彼女は魅力的な女性だと思う。年相応で、派手ではないけれどそれなりにお洒落もして。だから、そんな風に恥じらいながら名を呼ばれると、妙にドキドキしてしまうのは悲しい男の性というものでして。ざわめく胸を抑え込んで、なんとか平静を保って問い掛ける。
「なんですか?」
「…この写真、焼き増ししてくれないかな?」
はい、わかってた。
淡い期待というか幻想が打ち砕かれた音がする。いや、知っていた。彼女がどうして恥じらっていたのか、そんなものは考えればすぐわかることなのだ。画面の中で微笑んでいるのはだけではない、K・Kやブリゲイト、チェインやクラウス、そして偶然にも彼女の隣で酒を片手にいつもよりはしゃいでいるのは──スティーブン・A・スターフェイズに他ならない。
がスティーブンに惚れているという情報は、ライブラに所属しているならばまず第一に耳に入るものだ。挨拶と共にされる愛の告白も最早通例行事で、最初の頃は本人でもないのにわたわたと狼狽えたものだったが、今となってはもう挨拶の手段に過ぎないのでないかと思う。そう、そんな彼女がこんなベストな写真を見逃すはずがない。パーティーが開かれる度に、なんとなく写真を撮るようになったが、そういえば彼女とスティーブンが一緒に写ったものはまだ撮影したことがなかったなぁとぼんやり思う。
好きな相手との写真を手に入れたい、と思うのは至極当然なことだ。例えそれがツーショットではなくとも、手中にあるだけで嬉しいのだろう。
「いいですよ」
そう返すと、ぱぁっと花が開いたように顔を綻ばせた彼女は、それはそれは嬉しそうに笑った。あ、いい顔してるな。
「レオくん、ありがとう!」
パシャ。
あんまり綺麗に笑うものだから、つい手が動いてしまった。嬉しそうに、愛しそうに微笑む姿は、どうしたって画面に収めなければ気が済まないくらいで。どうやら記者魂、というかカメラマン魂は薄れていなかったらしい。
撮られたことに、最初は目を丸くした彼女だったが、すぐににぃと微笑んで、
「高いよ?」
なんて悪戯っぽく言うから、やっぱり不覚にもドキっとしてしまった。スティーブンさん、よく平気で告白を流せるなぁ、とぼんやり思うくらい蠱惑的な微笑みだった。


:::



「少年、それなんだい?」
執務室の机にばさっと写真を広げていたら、不意にそんな声を掛けられた。
「こないだのパーティーの写真ですよ、スティーブンさん」
あぁ、なるほどね、なんて言いながら、隣に腰掛けてきた。ただそれだけなのに、腹が立つくらい絵になるから困ったものだ。一体どれだけの女性を泣かせてきたんだろう、あの人は泣かないで済めばいいけれど──まぁ泣かせたところでK・Kやクラウスが黙っていなさそうだ。
無造作に置いた写真を何枚か手に取って眺めている彼の表情は穏やかだ。珍しいな、と思ったのは正直な話で。いつも何を考えているかわからないこの人が、まさかこんな穏やかな顔をするなんて。いや、だけどよくよく考えたらたまにこんな顔をしている時があった気がする。それがどういう状況だったか思い出せないけれど、もしかしてスティーブンにとってライブラはそこそこ大事なのだろうか。だって、仲間の写真を見るにしてはあまりにも愛しそうだ。それこそ大事に大事にしまった宝箱でも見るような、そんな顔をしているような気がする。
「なに?」
「あ、いえ、何も」
うっかり見つめてしまっていたから慌てて視線を逸らす。始めの頃より怖くはなくなったけれど、それでも自分にとって逆らってはいけない人物の一人だ。何度も助けてもらってはいるけれど、ちょっと怖い人という印象は中々消えないから、突然話を振られるとびびってしまう。我ながら情けない話だとは思うけれど、だって逆らったら氷漬けになりそうなんだもん、めっちゃ怖い。
「──良い写真だな」
「へ?」
かなり失礼なことを考えていたからか、予想外の言葉に思わず間抜けな声を上げてしまう。今、褒められた?
いや、元々理不尽に怒ることがなければ、贔屓もしないこの人だから、たまに褒めてくれる時はある。それは勿論嬉しいのだけれど、大体は任務に当たってのことだし、まさかこんなプライベートなことで褒められるとは到底思っていなかった。この街に来る前、記者としていくつか写真を撮っていたりしたけれど、記事を褒められることはあっても写真を褒められたことなんてなかった。なのに、まさかこんなところで。
「あ、ありがとうございます…」
褒められることに慣れてない上に、予想外のことで褒められたからどんな顔をしたらいいのかわからずに、へらへら笑いながら頭を掻いた。それに気を悪くした風もなく、ふっと微笑んでから写真を眺めている彼は男から見ても間違いなく伊達男だ。いやこれは褒められたからとかじゃなくて、普段から思っていることなんだけれど。
「そうだ、少年。悪いんだけどコーヒーを淹れてくれないか?」
「あ、いいっすよ」
そういえば今日はギルベルトが居なかった。当然ながらクラウスの外出に付き添っているのだ。二つ返事で頷くと、悪いね、なんて苦笑混じりの顔で肩を叩かれた。いやいやこれくらいお安い御用っすよ、なんて言いながら立ち上がる。足取りは軽い、いやこれは決してさっき褒められたからなんかじゃないんだけど、軽いものは軽いのだ。
有能な執事ではないので、コーヒーは淹れられても美味しく出来るかどうかは別の話だったけれど、それでも何度か教えてもらってはいるから少しは上手く淹れられるようになっていた。まぁ勿論、ギルベルトの淹れるコーヒーには遠く及ばないのだが、それでもこうして時折頼まれるくらいまでにはなった。普段雑用くらいしか役に立たない自分だから、そういうちょっとした手伝いが出来るのはひどく嬉しかった。
教わった手順をきちんと守って作ったコーヒーは、自分で言うのもなんだがそこそこ美味しかった。美辞麗句を並べ立てるほどではないけれど、まずくはない。これならばスティーブンも満足するだろう、そう思いながら自分の分と彼の分のマグカップを手に取って執務室へ戻った。
丁度電話が終わったところなのだろう、携帯電話をしまっていたスティーブンはこちらに気付くと片手をひらりと揺らしていた。
「や、悪いね」
「いえいえ、これくらい」
広げたままの写真はいつの間にか綺麗にまとめられていた。性格出るなぁ、と思いながら机にカップを置くと、彼はすぐさまそれを手に取って立ち上がった。どうやら休憩は終わりらしい、どうせならコーヒーを飲んでから仕事をすればいいのになぁとは思うけれど、きっとそんな時間すら惜しいのだろう。執務机に戻る足が、二、三歩進んだところでくるりと振り返った。
「そうだ、少年」
「はい?」
「気に入った写真があったから何枚かもらったんだけど、いいかな?」
「あ、どうぞどうぞ」
俺なんかの写真でよかったら、そう付け加えるとまたふっと笑ってから悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。うわーイケメンにしか許されねぇ行為だーとかぼんやり思いながら写真を手に取る。どの写真が気に入ったんだろうか、と考えながら写真を見返していると、ふと違和感に気付く──あれ、あの写真がない。
それは思わずシャッターを切った写真、焼き増しに応じたらびっくりするくらい嬉しそうに綺麗に笑ったの姿を閉じ込めた写真がなかった。あれ、確かに印刷したはずなんだけど。何度も何度も写真の束を見返したが、それは見つからない。袋に引っ掛かっているのかと思ってバサバサ振ってみたけど、勿論その姿はなく。
「あれ?」
おかしいな、確かに印刷したはずなんだけど。
「どうした?少年」
「あ、いや、写真が1枚なくって…スティーブンさん、知りません?」
「さぁ?来る途中で落としたんじゃないか?」
あー、それはあるかもしれない。言われてみれば今日は風が強いし、1枚くらい写真が吹っ飛んでいてもおかしくない。とはいえ、この目でそんなことを見逃すはずはないと思うのだけれど。まぁないものはないんだから仕方がない、もう一度印刷すれば済む話だ。そう思ってカメラの画像を探すと──不思議なことに、データもない。
もしかして印刷した後に間違って消したのだろうか、いやでも1枚だけ?他の写真は恐らくだが消えていないようだし、そんな偶然があるだろうか。うんうん唸りながら考えて、ふとある結論に辿り着く。
まさか、いやいやまさか。思い浮かんでしまった考えをすぐに否定するも、でもそれ以外に考えられることはなくって。
「スティーブンさん、」
「うん?なんだい」
「──もしかして、さんの写真、取りました?」
ごくり、と生唾を飲み込む。これが真実だったら偉いことだ。
「僕が?なんで?」
彼は動揺することなく、心底不思議そうな顔をして逆に問い掛けてきた。
ですよねー、そんな、まさかはあり得ないですよねー。
「あ、いや、なんでもないです。すみません!」
慌てて両手を振って謝罪をすると、なんだこいつと言わんばかりの目で見られてしまった。はい、すみません。
辿り着いた結論は、やっぱり想像上のものでしかなくて、現実は余りにも残酷だった。あんなに二人で写ってるものを欲しがった彼女を思うと、なんだか無性に切なくなる。勝ち目のない恋ですね、なんて言ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。
そういえばスティーブンはどの写真を持って行ったのだろう、これだけ大量にあると特定するのはやっぱり難しそうだけど。あの伊達男が欲しがる写真は、どんなものだろう。願わくば、が写っているものだと良い。そうしたらその写真を見る度に彼女のことを思い出すだろうから、少しでも恋の手助けになるかもしれない。なんて、柄でもないことを考えてしまった。取り敢えず、彼女に渡す写真をひとつ抜き出してそっと封筒にしまう。写真の中のとスティーブンは、それはそれは楽しそうに笑っていた。


:::



「あれ、スティーブンさん、なんで私の写真なんか持ってるんですか?」
「うん?あぁ、少年から盗んだ」
「犯罪者だ…!?」
「良いだろ、別に。それに──君のこんな顔は俺だけが知ってればいいんだよ」


微笑みをいただきます

17/12/6