らしくない。最近、よくよく人にいわれる言葉だった。
ある日を切っ掛けにして、女と遊ぶのをやめた、賭け事をやめた、なるべく怪我をしないようにする道を選ぶようになった。らしくない、その通りだ。今までの自分だったら有り得ない、きっと過去の自分がいたら今の自分をさぞ笑ってみることだろう、想像ながら大笑いする自分の姿に内心イラッと来るから困ったものだ。自然と眉間に皺が寄る、我ながら腹の立つ笑い方をする、どうせならもっとこう心を和ませる笑い方をしろと心底思う。
そんな自分の眉間を、伸ばすようにして、白くて小さな指先が触れてきた。視線を向けると、顔を覗き込むようにしてこちらを見ていた奴はへにゃっと穏やかに笑う。そう、こういう風に笑ってくれれば、ささくれだった心も波風立てなくなるのだ。
「どうかした?」
「あー…なんでもねぇ」
「そ」
ならいいや。あっさりと引いて見せたそいつは、その癖指先を離す気などないようで先程から肌の感触を楽しんでいた。それを振り払う訳でもなく、そのまま受け入れている。、この女と所謂恋人関係になってから、自分は"らしくない"と、そう言われるようになってしまった。
今だって"らしくない"のだろう。の家に入り浸るだけでは飽き足らず、ベッドで雑誌を読んでいたこいつの膝の上に風呂上がりでまだ濡れた頭を預けてごろんと横になっている。それに怒ることもなく、もうくすぐったいよ、と甘やかすように笑って受け入れるこの女に、柄にもなく胸なんかときめかせていたなんてどこぞの陰毛頭や雌犬に知られた暁にはどんな笑われ方をするかわかったもんじゃあない。それでも柔らかな膝の感触とか、頭を撫でる小さい掌とか、規則的な息遣いとか。そういった全てが居心地良くて、うつらうつらと船を漕いでしまうのは仕方ないだろう──でも今日は、このあたたかさに身を委ねて飲まれてはいけない。
「なぁ
「んー?」
生返事のようでいて、きちんと瞳はこちらを向いていた。丸っこい瞳が続きを促すように揺れている、指先は相変わらず人の額をつついていたが。そんな奴の顔を、暗くしてしまうかもしれない、怒らせてしまうかもしれない。それでも、ぶつけずにはいられない。この問い無くして、この安寧に浸かる訳にはいかないのだ。これはけじめであり、意地であり、クズと呼ばれる自分のちっぽけなプライドでもあった。
「お前、俺に子供居たらどうする?」
ぱちくり。元々丸い瞳は更に丸くなって、ただでさえ幼い顔が更に引き立つように、きょとんとしていた。その表情には、侮蔑も怒りもなく、純粋に驚きだけを秘めている。やがて、その表情のまま、ぽつりと小さく呟いた。
「…子供」
「おう」
「いくつくらい?」
「あー、10くらいか?」
ふむ。ようやく額から手を離した奴は、その手を顎に添えて、いやに神妙な顔立ちでぽつりと呟く。それは聞き逃してしまいそうなくらい小さいものだったが、奴の膝を枕にしてる自分には関係なく、ダイレクトに耳に届く。
「…私より、大きくないよね」
「ぶっ」
思わず吹き出したのは仕方ない、普通に考えてこんなコメントが落ちてくるなんて思ってもみないだろう。それなのに、奴はこちらの対応が気に入らないのだろう。丸っこい瞳を細めて、不機嫌そうに顔を歪めた。剣呑、とはこういうことを言うのだろう。それでも愛しく見えてしまう辺り、相当やられている。
「なんで笑うの」
「笑うだろ、普通」
「ザップにはわからないだろうけど、こっちにとったら死活問題なんだからね」
「別に大きかろうが小さかろうが関係ねーだろ」
「大有り!これから育てていくのに、私より大きかったら、威厳とかなくなるじゃない」
ぷくっと頬を膨らませて、まるで当たり前みたいにそう奴は言った。その余りの自然さに、最初はアーハイハイと聞き流しそうだった。でも言葉をよくよく反芻してみたら、それは明らかに普通ではない言葉だったから、瞳を丸くするのはこちらの番だった。
今、こいつなんつった?瞬きを何度か繰り返しながら、不貞腐れたように頬を膨らませている奴を見上げる。あーあ、そんな顔してっとまたティーンに間違えられんぞ。普段であれば、すぐにそんなからかいが出てくると言うのに。今はただ、間抜けに見上げているしかないなんてかっこつかないにも程がある。
「ん?どうしたの、そんな間抜けな顔して」
「…お前今なんつった?」
「そんな間抜けな顔してどうしたの」
「そこじゃねぇ」
どんなボケだ。
「これから育てていく、とか、言ったか?」
そう、こいつはそんなことを言ったのだ。誰の子よ、と怒る訳でもなく。アンタ最低ね、と詰る訳でもなく。まるで当たり前みたいに、親になる道を選んだのだ。それも、こんな短時間の間に。
「うん?言ったけど、それが何?」
見上げた顔は、またきょとんとしていた。不思議そうに、何故そんなことを聞かれるのだろうと言わんばかりに首まで傾げてくる始末だ。
「おっ前なぁ…犬猫じゃねぇんだぞ、人だぞ!子供だぞ!それも、お前が腹痛めて生んだ訳でもねぇ子供だぞ!!」
どの口が言うのか。そう怒られたって文句は言えないが、あまりにも呆気らからんと、あまりにも自然に聞き返してくるものだから。思わずこちらの方がムキになってしまう。それでも奴は、なんだ、そんなこと、そう言いたげにやれやれと嘆息してから丸っこい目を細めて、微笑んだ。
「だって、ザップが育てるって決めた子なんでしょう?」
口をつぐんだのは、真実だから。
「それなら私は、育てたいよ。だって、好きな人の子供だもん」
さらり、と髪を撫でる指先は、いつも以上に優しかった。
「血が繋がっていようがいまいが、どうだっていいんだよ──好きな人の好きな人は、愛せる自身があるだけ」
ふわり、微笑む姿にドキリと胸が弾むのは、柄にもなく恋ってものに落ちているからなのだろう。
こいつは、まいった。いや、そんなことは出会った頃から知っていた。ただ、改めて思い知らされただけだ──この女に、どうしようもなく焦がれているという事実に。
ガバッと起き上がって、驚いて更に丸まった瞳に思わず口許を弛めて、小さい身体を覆い隠すようにして抱き締める。一瞬だけ動揺した腕の中にいるは、すぐにそっと背中に手を回してくるから可愛くて仕方ない。ただ、ぽんぽん、とあやすようにして叩いてくる掌だけは少しだけ頂けなかった。
「…子供扱いすんなよ」
「してないしてない」
嘘つけ。
「なんていう子?」
「…バレリー」
「可愛い名前」
くすりと笑う、お前の方が可愛いよ、なんて言い掛けて慌てて唇を引き締める。これくらい、口説いていた時は幾らでも言っていたような気がするが、同じ気持ちが返ってきてからは、なんだか妙に気恥ずかしい。
「女の子?」
「おう」
「10歳くらいかー、私のこと気に入ってくれるかな」
「さぁな、でも目線近いから懐くのはそこそこはやいんじゃねぇの」
「うん、頑張る」
「なにをだよ」
「仲良くなれるように…?」
「俺に聞くな」
ぽんぽん、ぽんぽん。優しく、優しく、どこまでも優しく背中を撫でる掌は、あたたかい。知らなかった、と言えば聞こえが良い。知るつもりもなかった、その優しい手に包まれている自分はきっと運が良いのだろう。
きっとこいつは、全部わかっているのだろう。この告白に至るまでの怖さとか、でも聞かなければ気が済まなかったところとか。全部わかって、受け止めて、ふにゃりと笑っているのだろう。
怖かった、もし受け入れて貰えなかったらと思うと。それでも、父親としてあいつを育てていくという確かな気持ちがあった。だからこそ、感謝したい。神に、なんて馬鹿馬鹿しいことをいうつもりなんてない。
小さな、本当に小さな呟きだ。聞こえているかどうかすらわからない。それは素直じゃないと言われる性格のせいなのだろう、妙に気恥ずかしいのだ、でも言わなければ気が済まないのは確かで。
受け入れてくれて、共に生きる道を選んでくれて、こんな自分を笑って抱き締めてくれて。
「……ありがとな」
返事の代わりに、それまで穏やかに背中を撫でていた掌が不意に強く抱き返してきた。嬉しさと気恥ずかしさとその他色んな気持ちがひしめきあって、抱き締め返すことしか出来なかった。
小さな身体だ、普通に歩いていたらティーンに間違えられそうなくらいあどけない。でも確かな意思を持って、こうやって抱き締めてくれる。どうしようもない自分を受け止めて、受け入れて、包んでくれる。我ながら見る目がある、臭いことを言うならば運命とやらに感謝してやりたい気分だ。
「あ」
「ん?」
「子供、会うのはまだ大分先だったわ」
「…は?」
「なんつーか、色々あんだけど、まぁ10年後くらいとかなんじゃねぇの」
「なにそれ!」
がばっと、身体を離して顔を見てやると、面白いくらい白黒としていたから思わず笑う。すると、可愛くないことにちっちゃな指先が頬を引っ張って抗議してくるから中々どうして笑えない。でも、まぁ、こんな馬鹿馬鹿しいことも、有り体に言うと──しあわせ、ってやつなんだろう。



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「初めまして、貴方のパパの恋人のです。仲良くして貰えると嬉しいな」
「パパの恋人?!部屋を汚すことが信条で、子供相手に真剣に張り合うパパの恋人だなんて、貴方本気なの!?騙されてたり、脅されてたりしてない?!」
「おいこらテメェなんだその言い種!」
「自分の子供相手に凄まないの!」
「いってぇ!!」
「…やだ、パパが素直に殴られるなんて──貴方すごいのね」
「お褒めに預り光栄ですわ、ザップの可愛いお姫さま」
「おいなんだそのこっ恥ずかしい呼び方!サブイボ立つからやめろ!」
「10年も待たされたんだからこれくらい多目に見てよ!」
「ちょっと、娘の前で痴話喧嘩はやめてよね」



Dear,ONLY

15/11/23
リクエスト企画【ザップの幸せなお話】
以下、リクエスト主様へ私信



まずはじめに、リクエスト誠にありがとうございました!!
ご丁寧なリクエスト、ありがとうございます。スティーブンさんだらけな中、ザップさんの夢がツボと大変嬉しいお言葉、胸にしみます…。
幸せな話、とのことでしたが、自分と自分の世界をまるごと受け入れてもらえることが、ザップさんにとって一番の幸せなんじゃないかと思い、こうして書きあげました。
そして、ザップさんを書くに当たって、どうしても外せないのがバレリーの話でした。10年後、遠い様で近い未来ですね、あの事件を契機にしてザップさんの中でほんの少しの変化があったのだと思い、テーマとして使いました。
もしも、小説版を読んでらっしゃらなかったら申し訳ありません。一応これだけでもなんとなく読めると思いますが…苦情などなど受け付けております。ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも、よかったら当サイトにいらして下さると嬉しいです。
それでは、繰り返しになりますが、リクエスト頂き、誠にありがとうございました!