運命というのは一体どんなものなのだろう。
よく聞く言葉だ。意味を調べると巡り合わせ、人の意思に関係なく起こる吉兆禍根だとか。人間というのは面白いことを考えるなと思ったのが、その言葉を聞いた時の素直な感想で。いつか、運命というものを感じられる日が来るのだろうか、"物"である自分でも。
その日、いつものように審神者に呼び出された。曰く、買い物に付き合って欲しいということで。最近、出陣や遠征よりも買い物の付き合いの方が増えている気がするのは、気のせいだろうか。気のせいであって欲しい、一応曲がりなりにも自分は刀なのだから戦うのが本分だろう。とはいえ、主の命令に背くわけにはいかない。それに、先程出陣していたし、疎かになっているわけではないのだ。二つ返事で頷いて主の後を追うようにして門へと二人で向かう。
その途中、石切丸とばったり会った。温和な彼は、挨拶を済ませるとにこりと微笑んで、
「出撃かな?」
なんて聞いていた。まぁ、この格好で帯刀していれば当然かもしれない。それにこんな時間に脇差が帯刀していたらそう思うのも無理はない。
「いいや、いつもの買い物だよ」
つぶらな瞳を丸くさせた彼は不思議そうに首を傾げた。そして前にいる主へと視線を向ける。
「その状態で、わざわざ買い物に?」
頷く主に、益々驚いたような顔をする彼の気持ちは少しだけわかる。先程まで出陣していた自分は、不甲斐ないことに軽傷状態だったからだ。まぁ、傷を負ったといえど軽いもので、この程度なら多少の出撃や軽い遠征だってこなせるくらいのものだった。手入れ部屋も他の中傷以上の刀剣男士が埋めていたし、主も主でこちらの状態を見るや否や他の刀剣男士を供にすると提案してきたが、それを押し切ったのはまぎれもない自分だった。
「そんなに急を要する買い物なら、私が付き合おうか」
「いや、僕が行くよ」
当然の提案を即座に断ると、やっぱり彼は目を丸くした。自分でも驚いている、どうしてこんなにも買い物に付き合いたがるのか。その答えは、こないだ出たばかりだったけれど、それでも自分の行動は驚くものだ。
「だけど…」
まだ何か言いたげな石切丸を、今度は主が制する。軽傷状態であること、もう随分と暗くなってきた上に向かうのはいつもの万屋であること、万屋の主人も客である他の本丸の審神者や刀剣男士達もさして気にしないだろうということ。流石に中傷以上の状態だったならば、主も別の者を供に選んだだろう。主自身、そこまで刀剣男士を酷使するような審神者ではなかったし、我々のことも"使い捨ての物"ではなく、きちんと"付喪神"として扱ってくれている。そのことをわかっているのは彼も同じのようで、はぁと溜息を吐いてから困ったように眉根を下げながら微笑んだ。
「わかったよ。くれぐれも、気を付けて」
頷いて、歩き出した主の後を追う。残された彼が、こんなことを呟いていたなんて露ほどにも思わずに。
「…あんなにっかりさんは、ここに来て初めて見たかもしれないねぇ」
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足取りは、不思議と軽かった。いや、何故軽いかはわかっている。この間、歌仙と話した結果だろう。
あの日、そう彼女に触れた日以来、万屋に向かうことはなかった。だから少しばかり間を置いた形になる──と言っても、そもそも主である審神者のさじ加減で、自分が行きたいと望んだとしても物資が足りないとかそういう理由がなければ万屋に向かう予定は作れないし、そもそも主について歩きたいという刀剣男士はそれこそ山のようにいるから、自分だけ優先されるなんていうことはないのだ。
とはいえ、いつも向かう時間帯に比べてみると大分遅い、もしかしたら彼女はいないかもしれない。そもそも毎日いる訳じゃあないだろうし─今の時代の人間には労働基準法というものがあるらしい─今まで毎回会えていたことがそもそも奇跡的なのかもしれない。それはそれで仕方のないことだし、こればっかりは運に身を任せるより他にはないのだ。
なんてことを考えていたら、もう万屋に到着した。辺りはすっかり暗くなっていて、いつも店の外を掃いている彼女は当然のようにいなかった。そりゃあそうだ、こんな時間に掃除したところでゴミも何も見えたもんじゃない。今日はいつものように待てとも言わなかったので─そもそもこんな風体の男が店の前で待っていたら、営業妨害もいいところだ─久し振りに暖簾を潜った。
外とは違って明るい店内に、他の客はいなかった。まぁそれもそうだろう、何せ時刻はもう夕餉のそれだ。こんな時間にも関わらず万屋に来た辺り、緊急に物資が足りなくなったのだろう。まぁ自分は在庫管理などしたこともないし、する気もさらさらないから知る由もないことなのだが。辺りを見渡すと、陳列された商品だけが目に入る。彼女の姿はやっぱりなくて、まぁそんなこともあるか、と思うのにいつの間にか溜息を吐いていた。自分でも驚いた、先程同様にこんな一面があったとは思わなかったからだ。なるほど、恋というものはここまで人を変えるらしい。どこか冷静に自分を見つめながらも、少しばかり気分が落ち込んだ。やはり今までは運がよかったらしい、決まった曜日や日にちに来ていたわけではなかったのに毎回会えていたこと自体がおかしいのだ。
主が店主にいくつか物資を頼んでいるのを横目に、ぼんやりと立っていた。子供じゃあるまいし、来るんじゃなかった、とは思わないがそれでも残念な気持ちに変わりはない。だがそれと同時に少し面白いな、と思った。"物"でも、恋をすればこんなにも人間らしい感情を抱くのだな、と。他の刀剣男士には感情が豊かなものが多いけれど、自分はそうでもない。心、というものがあまり成熟していないのではないか、と前に誰かに言われた気がする。それでも良いと思っていた、戦うのに感情は特別いらないから──それなのに。
「店長、それじゃあお先に失礼しま──」
「、?」
店の裏から、ひょっこり顔を出した彼女は、焦がれていたその人で。名を呼ぶより先にこちらに気付いたらしい彼女は、大きな目を丸くしていた。そんなに見開いていると、零れ落ちてしまうんじゃないかな。なんて思いながら、胸がぽかぽかとするのを感じていた。
会えた、に会えた。嬉しい、と素直に思った。きっと彼女はこれから帰るのだろう、いつもの格好とは違う見慣れない服装は多分彼女の私服なのだ。服装だけでこんなにも雰囲気が変わるなんて、女性というのは不思議なものだな、なんてぼんやり思いながら、にっこり微笑んで、
「やぁ、久し振り」
そんな風に声を掛けたら、彼女は顔面蒼白になった。
「け、怪我!してるじゃないですか!」
わたわたと慌てたように駆け寄ってきたと思ったら、きょろきょろと辺りを見渡している。何を探しているのだろう、思わず釣られて辺りを見渡していると、彼女はハッとしてから店主の方へ振り返って
「救急箱!店長、救急箱!!」
なんて、必死に言い出した。
目を丸くするのは、今度はこちらの方だった。救急箱、それは人が怪我をした時に使うもので、一応本丸にも存在はしている。と言っても使ったことは一度もない、これまでに主が怪我をすることが一度もなかったからだ。刀剣男士が使うはずは当然ない、ガーゼくらいは血が床に落ちて掃除が面倒になるから使うけれど基本的には必要のないものだった──だって、手入れ部屋に入ればまた元通りだから。
そのことは、彼女だってきっと知っているだろうに。
「痛いですか?痛いですよね…あんまり深くはなさそうだけど…」
剥き出しの傷口を恐る恐る眺めては顔を歪めて、今にも泣き出しそうな声でそんなことを言う彼女に、驚くなという方が無理な話で。
「痛く、ないよ」
驚いたまま、唇を開いた。そう、痛くない。傷を負った時は確かに痛かったけれどまぁ我慢出来る程度だった、けど今はまるで痛くない。それどころか、ぽかぽかと胸があたたかくてじんわりと何かが広がっていくようだった。
「そんな、痛いに決まって…」
彼女が顔を上げると、急に唇を開いたまま、驚いたように目を丸くしていた。あぁ、だからそんなに見開くと零れ落ちてしまうというのに。どうしたの、と声を掛けようとした次の瞬間──はらり、と花びらが舞った。
はらはら、とどこから飛んでくるのか薄ピンクの花びらが舞い落ちる。勿論季節は春でもなければ、ここは外ではない。屋根のついた、立派な屋内だ。おまけに窓はあるが締め切られているから、花びらどころか風すらも吹いていない。店内には主と自分、そして店主と目の前のだけしかいない。つまり、これは自分が発しているものだということで。
今までも何度かこういうことはあった。出陣中、何度も敵の大将首を斬り伏せた時や、他の刀剣男士達より多く時間遡行軍を斬った時などに、ふと気付いたらはらはらと舞っていた。それは自分以外の刀剣男士も同じだったから、恐らく刀剣男士特有の性質なのだろうと理解していたけれど、何故、今舞うのか。
呆然と舞う花びらを見ていたら、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「青江さん、何か嬉しいことがあったんですか?」
「…え?」
嬉しいこと、とは。
「前に清光さん…別の本丸の加州清光さんに教えてもらったんです──俺達、刀剣男士は嬉しいことがあると、桜が舞うんだって」
戦場でたくさんの敵を倒して、主に認められた時とかね。
なるほど、そういうことだったのか。てっきり自分は、気分が高揚するとそうなるものとばかり思っていたけれど、そういえばいつも花びらが舞う前は主と通信していた気がする。その時、労いの言葉を確かに聞いていた。
今は別に主に認められたわけではない、じゃあ何故花びらが舞うのか。答えは簡単だ、彼女──のせいだ。
刀剣男士だって、"物"だって知っているのに。この程度の怪我なんて大したことはないし、人間と違って手入れさえすればすぐ直るのに。
真っ直ぐこちらを見て、心底から身を案じて、まるでたった一人の個人として見ているかのようなその言動が──多分、どうしようもなく、嬉しかったのだ。
本丸が複数あるということは刀剣男士も複数いるということで、勿論別の本丸のにっかり青江にも会ったことがある。その時は別に興味はなかったし、自分と全く同じ姿、同じ声、同じ行動を取る様が面白いなと思ったくらいだった。けれど、心のどこかで引っ掛かっていたのかもしれない。
自分がいなくなったら、きっと新しいにっかり青江が顕現するのだろう、と。
自分の代わりはいくらでもいるのだろう、と。
審神者御用達の店で働く彼女は、きっと色んな本丸の審神者を見ている。その時に、きっと刀剣男士達とも会っている──勿論、にっかり青江とも。
どうして彼女を好きになってしまったのか、今ようやく、初めてわかった気がする。一目見た時から気になっていたのは確かだけれど、そうじゃない。彼女は自分を"にっかり青江"として見ていなかった、ただの一個人として名を聞いて、言葉を交わして、そして笑ってくれた。勿論、我らが主だって一個人として大事に扱ってくれている。けれどそれは、あくまでも"付喪神"としてなのだ。それが間違いだとは到底思わない、審神者として正しい対応だと思う。だから寂しいと感じることはなかった──彼女に会うまでは。
「青江さん?」
まあるくて大きな瞳で、不思議そうな顔をして、こちらを見上げて首を傾げているこのただの人間である女の子が、今、愛しくてたまらない。
運命というものが本当にあるのならば、多分きっと、僕はこの子に会うために人の身を得たのかもしれない。
定められたものだったらいいのに
17/1/31