ハロウィンから数日開けて、ようやくまとまった休みが取れた。大崩落よりはマシだったハロウィン事件、ぶつかりやすい職場は案の定その被害にあっていたから、その片付けやらで追われていたのだ。そして、その間、自分が何も知らなかったということを実感する。
メアリ・マクベス、年下の友達が──居なくなっていた。
持ってきた見舞いの花束を取り落としたのは、必然だった。いつもメアリが笑っていたベッドは綺麗にメイキングされていて、メアリが見せてくれた写真はその兄、ウィリアムによって外されていたのだ。
「ホワイト、…メアリ、は?」
聞くのが怖かった、でも聞かずにはいれなかった。
ウィリアムは、一瞬躊躇うように視線を逸らしたが、次の瞬間にはこちらを真っ直ぐに見据えて答える──残酷な真実を。
「メアリは、死んだよ」
はらり、と涙が溢れた。首を振ったのは、そのどうしようもない事実を受け入れたくなかったから。でも、視線を外さない彼の行動が全てだった。
頬を流れる涙を拭う、けれどそれは止めどなくて、どんどん溢れてくる。嘘だ、嫌だ、なんで。そんな言葉を口に出しそうになって、でも目一杯飲み込む。そんなのは、今目の前にいる人が一番思っている筈だったから。
ひっく、ひっく。年甲斐もなく、号泣している女を前にしてウィリアムは穏やかだった。ふわり、微笑んで、ごそごそとポケットを漁っている。ようやく見つかったらしいそれは、くしゃくしゃになったハンカチで。差し出されたそれに小さく笑いながら、また泣いた。
「あいつの為に、泣いてくれてありがとう」
病院裏の墓地、メアリの好きな場所だった。メアリに墓はないらしい、だからここを墓場代わりにするつもりだ、とウィリアムは笑った。どうせなら、気に入っていた場所にいる方が良いと思って、と。
「ホワイト、きっと喜んでる」
「…そうかな、怒ってそうだけど」
「どうして?」
「良い歳した大人がみっともない!って」
「ははっ、言いそう」
貸して貰ったハンカチは、ぐっしょりと濡れていた。そのまま返すのも忍びなくて、今も尚、両手で握り締めている。
ざあっと風が吹く。穏やかな風は、木々を揺らしていた。
「僕、ホワイトが居ない世界なんて、なんの意味もないと思ってた」
ぽつり、ウィリアムが呟く。その呟きは重く、ただの友達に過ぎない自分には想像することしか出来ないが、きっと耐えきれないくらいのものだったのだろう。
「僕だけ生きるなんて真っ平ごめんだって、だったらこんな世界壊れてしまえば良いって、そう思ってたんだ」
笑っちゃうだろ、そう言って笑った彼の顔はひどく穏やかで。
「そしたらさ、ホワイトに怒られたんだよ」
彼女なら、そうするに違いない。
「だから、僕は──生きることにした」
みじめったらしく、最後まで悪あがきを忘れないで。
へらっと笑うウィリアムの表情に、落ち着いていた涙腺がまた緩む。それを見たのだろう、慌てたように彼はわたわたと両手を動かしていた。
あぁ、どうして、どうしてもっとはやく来なかったのだろう。彼が一番辛い時に、どうして側にいれなかったのだろう。支えになるなんておこがましいことは言わない、ただ側に居たかった、一緒に泣いてやりたかった。
「泣かないでよ、」
メアリによく似たボーイソプラノが、優しく名を呼ぶ。ぽんぽん、と頭を優しく撫でられる。
「君が泣くと、僕まで悲しくなってくるじゃないか」
「…っブラックが、泣かない、からっ」
「えぇ、僕のせいなの?」
頷くと、困ったなぁ、なんてウィリアムは笑った。穏やかに、頭を撫でながら、慰めるように笑った。本当は、泣きたいのは彼の方だろう。それなのに、彼はもう前を向いているから、泣かないから、代わりに泣くのだ。彼の強さと弱さに、敬意を評して泣くのだ。
「…あとね、もう一個報告があるんだけど」
「な、に?」
「僕、ヘルサレムズ・ロットを出ることにした」
ぽろっと、目に貯まっていた涙が溢れて膝に落ちる。ばっと彼を振り返ると、ほんの少しだけ顔を歪めて、でも確かに笑っていた。あぁ、もう決めたことなのだろう。こんな顔をされてしまったら、もう止めることなど出来ない。
「実家に戻ろうと思うんだ、術士の件もそっちで出来るし」
「…そ、う」
「うん…」
本日二度目の衝撃的な報告は、胸にぽっかりと空洞を空けるに相応しいものだった。
ヘルサレムズ・ロットを出る、つまりはこうやって会えなくなるということだ。ここヘルサレムズ・ロットには、出るのにも入るのにも様々な手続きが掛かる。ヒューマーである我々は比較的楽に取れる手続きだったが、それでも膨大なことに変わりはない。しかし彼は、それをしてまでもここを出ようと言うのだ。
「…出発は?」
「来週末、かな」
「そう…」
考えているよりも、ずっとはやい別れだった。だからこうして、メアリの遺品を整理しに来たのだろう。
じんわりと、また目頭が熱くなる。悲しいのではない、寂しいのだ。二人は、納得して未来へと進んでいる。それなのに自分は訳もわからず、ぽつんと一人立ち止まっている。その背中はもう見えないくらい遠くて、一陣の光のように眩しい。
「ねぇ、」
「ん…?」
「僕は、君が好きだよ」
パチリ、と瞬きをする。今、彼は何を言ったのだろう。
「でもね、僕は君の隣に立つのに、少し相応しくない気がする」
そんなことない、と言いたかったけれど、彼の顔を見たら言えなくなった。
「だから、なんていうか、武者修行?みたいな感覚なんだよね」
「…え?」
「君の隣に立てるようになったら──また会いに来るよ」
その時は、また一緒にここに来てくれる?そう問い掛けてくる彼は、ひどく穏やかに微笑んでいるから。すうっと思いのままに手を伸ばして、自分よりほんの少し大きいその身体に抱き着いた。
「えっえぇ!?」
驚いたのだろう、わたわたと両手を動かす姿は端から見たらきっと可愛いに違いない。ぎゅう、と首裏に回した手を強くすると、怖ず怖ずと見た目よりずっとしっかりしている掌がそっと抱き返してくれた。じわっと、また涙が滲む。でも、この場に涙は相応しくない。だって、永遠の別れではないのだから。
「私、待ってる」
「!」
「ブラック…ウィルが会いに来てくれるのを、待ってる」
「…うん」
「あんまり待たせ過ぎると、私から会いに行っちゃうかもしれないけど」
「えぇ…じゃあ、頑張らないと」
身体を離して、涙を拭う。穏やかに、どこまでも優しく微笑む彼の顔を、目に焼き付けて。そっと自分も微笑んだ。
「いってらっしゃい、ウィリアム・マクベス」
「いってきます。待ってて、・」
旅立ちは、切ない。約束は、儚い。いつ破られるとも分からない、そんな形もないものだ。でも、信じている、いつか彼が戻ってくる姿を。きっとメアリも、見守っていることだろう。彼の人生は、まだ始まったばかり。その小さな肩にどれだけの重荷を背負っているのかは、わからない。でも、いつか彼が疲れ果てた時に、今度は隣で支えてあげたいと思う。だから今は、旅立つその背中をそっと後押しするのだ。
「またね、お兄ちゃん」
また会う日まで、さようなら
15/12/01