穏やかな昼下がり。任務らしい任務もなく、事務仕事もそこそこスムーズに進んでいる。そんな中、たった一人の言葉から、この歳にしては珍しく問い詰められるという事態に発展してしまった。
「そういえばスティーブンさん、こないだ女の子助けてましたよね」
いやー結構意外でしたよー、なんて失礼な事を続けるレオナルド。あはは、なんて無邪気に笑っているのが憎らしい。そりゃ見られていない訳がないとは思っていたが、まさか此処で言われるとは。
「なんすかスカーフェイスさんナンパっすか!」
こういう下世話な話題に対して、真っ先に反応するのはザップだ。キラキラと目を輝かせて、先程まで修羅場の愚痴を言っていた男とは到底思えない。
「やだわーナンパとかサイテー。女の敵ね、腹黒男から昇格よオメデトウ」
勝手に人の行動を確定して罵倒の言葉を投げつけてくるのはK・Kだ。どうでもいいが、昇格ではなく降格ではないのだろうかと喉まで出かかったが、言うと倍になって返ってきそうなので飲み込んだ。
「え!ナンパだったんすか!?すみません、僕そうとは気付かずつい…」
ついってなんだ、ついって。
「レオ、当たり前だろ?女助けるのに下心ない奴なんかいねーよ」
「それアンタだけだろ、普通何もなくても困ってたら助けるだろ、理由なんかいらないだろ」
「いやいや、男が女助けるのに理由はいるぜ?それ相応のお礼だよ、お、れ、い。男から金巻き上げるけど、女からは巻き上げらんねーだろ」
「それ女の人からのお小遣いで生活してる人が言う台詞じゃないよね!?」
「ザップっちそれは頂けないわー」
「で、どうなんすか、ナンパ成功したんすか!?」
あ、逃げた。レオナルドが呟いた。しかしその視線は、話題の中心人物に向けられている。全く正直だな君も。
「──まず言っておきたいが、ナンパじゃないよ」
「えー!」
「あっそ」
「ですよね!」
「三者三様の反応ありがとう。少年が見たのは確かに事実だけどね」
ザップはがっくり肩を落とし、K・Kは興味なさそうに一蹴、レオナルドは安心したようにいた。やれやれ、納得して頂けたようでなによりだ。
「そうですよね、相手の子、僕と変わらないくらいの女の子でしたもんね!」
「え、スカーフェイスさんロリコンだったんすか!」
「違う、断じて違う!K・K頼むから武器を取りださないでくれ誤解だ」
なんて事を言い出すんだ!との思いで睨みつけると口笛を吹き出すザップ。子供か、子供だったな。
漏れる溜息を隠す事もせずに、万年筆を置く。どうやらきちんと説明しないと納得はして貰えないようだ。
「相手の女性は、俺とそう変わらない歳だよ、少し年下だけどね」
「え!だってめちゃくちゃちっちゃかったですよ!!」
「仕方ないだろ、人種の違いだとしか言いようがない」
「人種の違いねぇ…そんなのはどうでも良いけど、この腹黒男が人を助けるなんて随分珍しいじゃない?」
随分な言われ様だ。ハハハと笑ってみるものの、重々しい空気は払拭出来なかったようだ。
「どうせなんか打算的な考えでしょ、可哀想な女の子!」
「あ、でも確か荷物持ってあげてましたよね」
「よく見てるねぇ少年、確かに彼女の荷物をご自宅まで運んであげたけど」
「やっぱスカーフェイスさんロリコンだったんだー」
「ザップ?」
「すんません何も言ってません!!!」
鋭く睨みつけると、ザップは即座に前言を撤回した。やれやれ、本当に反省と言う言葉から無縁だな。
「彼女を助けたのは本当に偶然、気まぐれ、暇つぶしと言っても良い」
約束をしてた友人から遅刻するという連絡が入り、事務所に戻って事務仕事の続きでもしようと思った矢先に目の前で困っている女性が居たから手を伸ばした。ただそれだけの話だ。特別裏がある訳でもなんでもない。
そう説明するとK・Kは大きな溜息を吐いて
「アンタほんとサイテー」
「俺が何の打算もなく人を助ける訳ないと言ったのは君じゃないか!」
「ナンパ目的の方がまだマシだわ」
ひどい言われ様である。吐き捨てられるように言われてしまうともう返す言葉もない。ハハハ、と笑って誤魔化すと舌打ちまで聞こえてくる始末だ。
「スティーブンさんって、やっぱりどっか冷たいですよね…」
「だよなーナンパ目的のがまだマシだよなー」
「マシってだけでどっちみち最低ですよ」
「聞こえてるよ、君達」
指摘をするとひぃ、と小さく悲鳴が聞こえた。男の悲鳴なんて聞いても、全く嬉しくない。本日一番の溜息が漏れてしまうのも致し方ないだろう。やれやれ、人をなんだと思ってるんだか。



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「と、いう事があったんだけど…って君笑い過ぎだよ」
「ごめ、でも、おっかしい!」
一応の謝罪はあるものの、彼女は遠慮せずに爆笑している。ひどいものだ。今日は厄日か何かだったろうか。
ひーひー言いながら、目尻に溜まった涙を指先で掬う。その仕草は見た目に反して色っぽいと言える。見た目と実年齢に差があり過ぎて、もういっそ詐欺だなと思う。
「あー笑った笑った。スティーブンさんって好かれてるんですねぇ」
「君、ちゃんと聞いてた?そんな要素、何処かにあったかな」
「いやいや、そこまで話題になったっていうことは、つまりそれだけスティーブンさんに興味関心があるって事じゃないですか」
「上手い事言うね、今日は財布の余裕がないのかい?」
「たかってません。素直じゃないなぁ」
皮肉めいた言葉を返すと、くすくすと笑う彼女はサワーを煽る。事務所での話は良い酒の肴になったようだ、笑われた甲斐がある。
「じゃあ、会社の方には今日の事はお話にならなかったんですか?」
「そうしたらナンパ説がまた浮上するだろ?もういい加減疲れたよ」
「どっちかっていうと私がナンパしたんですけどねー」
「確かに」
「否定してくださいよ」
今度はこちらが笑う番だった。不服そうに唇を尖らせる姿は、愛らしい。
彼女を助けた後、サブウェイで時間つぶしに付き合って貰って、他愛もない世間話をちらほらとしてからすぐ別れた。特別連絡先も交換せず、さっぱりとした別れだった。たまには打算抜きで"普通"と付き合うのも悪くないな、と思ったくらいだ。
だが、再会は早くそれには流石に驚いだ。翌日、昼食を取ろうと事務所から出てすぐの角でぶつかった相手が彼女だったのだ。小柄な彼女が視界に入らなかった為だ、ぶつかったお詫びに今度はこちらがサブウェイを奢らせて貰った。そして、偶然にも何度も再会が続いたのだ。五度目の再会を果たした時、彼女との会話を存外楽しんでいた自分に気付き、打算抜きで「良かったら連絡先を教えてくれないか?偶然が続き過ぎて面白くなってきたんだ」というあまりスマートでない誘いをした。彼女が「私も、いい加減お昼に貴方を気にして外出するのが面倒だったから丁度良いですね」とにんまり笑って、この関係はようやくスタートラインに立ったのである。
「でも、随分信頼ないんですね」
「はっきり言うねぇ、流石に傷つくぜ」
「嘘ばっかり。いやぁ、スティーブンさんくらいそつがない色男だったら社内での立場も自由自在なのかと」
少し安心しました、とはにかむ彼女にどう反応したらいいのやら。彼女は時折素直に人を褒める。始めはそういう意図があるのか?と勘繰ったものだが、単純明快でただ思った事を口に出しているだけらしい。ドギマギした自分が少し恥ずかしかったのは内緒だ。
「そりゃどうも。どうも部下からの信頼はないようだよ」
「私は結構信頼してますよー」
「真正面から言われると、照れるね」
「思ってないくせに」
くすくす、笑う彼女は可愛い。本心を隠した皮肉めいた物言いにも軽快に言葉を返す辺り、流石単身でこの街にいるだけある。見た目に反して結構図太いのだ。
「君、素直に色々言う割に人の言葉は素直に受け止めないよな」
「えーそうですかね」
「そうだよ、こないだだって」
と、先日の事を持ち出すと顔を顰めてブンブンと首を振る。子供か、と思わないでもないが、可愛らしく見えるのは女性の特権だろうか。
「過去のことを蒸し返す男性はモテませんよ、ってスティーブンさんに言っても無駄か」
「それどういう意味だい?今更モテないって?」
「逆ですよ、ぎゃーく。モテてる人にモテないって言ったところで意味ないです」
「なんだそれ。別にモテないよ」
「嘘ばっかり。こないだ女の人と二人で歩いてるの、見ましたよ」
カラン、と手の中にあるグラスの氷が落ちる音がした。見られていたとは思わなかった。まずいな、と思ってから、いやまずくはないだろうと考えなおす。何せ、自分と彼女はただの友人なのだ。それも、お互いの私生活まで殆ど踏み込まない、極めてライトな友人だ。
「──なんだ、見られてたのかい」
考え直した挙句、出て来た言葉はこれだった。別段隠すことでもない、と開き直りにも似た何かだった。
彼女は、目を細めて苦笑をにじませる。そんな顔は初めて会った時に見た以来だった、何故か罪悪感が生まれる。
「あんまり、女性を悲しませちゃあ駄目ですよ、色男さん」
「肝に銘じておくよ」
「恋人じゃないみたいなので、今日の誘いも応じましたけど」
「…よく見てるね」
「まぁ、それなりに」
歯切れの悪い言葉だった。彼女はまた、グラスを煽る。釣られるようにして、ぐいとグラスを煽った。そう静かでもないバーだったが、次の言葉は出て来なかった。
気まぐれ、暇つぶし。そう本当に気まぐれだったのだ、気まぐれに偶然が続いて、案外その関係が心地よくて、今もそのまま続いている。彼女は見た目に反して大人で、だが見た目通り子供らしいところもあって、無邪気で、まっすぐだった。そんな彼女と会うと、楽しくて心地よくて、そして眩しかった。裏社会に通じている自分とは真逆で、表通りをずんずん歩く様は、本当に眩しい。
手の中でグラスを持て余す姿はどこか拗ねているようだ、先程まで笑っていたのに。可愛いな、と思う。くるくる変わる表情を見ていると本当に楽しくて、そして同時に愛おしさまで湧き上がって来るから不思議だ。――不思議?いやまさか、本当はわかっているのだ。わかっていて尚、口には出せないのだ。それは、その理由は。
「…ただ、怖いだけなんだよな」
「へ?」
呟いた言葉が聞こえたのかどうか定かではないが、彼女は目を丸くして不思議そうな顔で見つめてきた。あぁ、可愛いな。半開きの唇が誘惑してきているようで、酒の所為だけでなく少しくらくらしてくる。
「いや、なんでもないよ」
「ふーん、なんかおつまみ頼みましょうか」
「良いね、何食べる?」
「魚系がいいですねーイカとか」
「おっさんくさいなぁ」
笑いながら、先程の話も雰囲気も全て取り払って楽しい酒を飲む為だけにメニューを広げた。
今はまだ、このままでいたいと思うのは我儘だろうか。いや、臆病なだけだろう。だが、無邪気に笑う彼女があんまりにも可愛くて眩しいから、取り敢えず今日は、このままで。一歩踏み出すのは、まだまだ先で良いだろう。
「ところで、今月はあとどれくらい会える?」
「やだ、デリヘル嬢に聞くみたいな言い方しないでくださいよ」
「…可愛くないなぁ」
「スティーブンさんに合わせますよ、貴方に会うためだったら他の予定キャンセルします」
──あーちくしょう、やっぱり今日一歩踏み出してやろうかな。ほんのり大人染みた表情に、欲望がちらりと顔を出す。


踏み出さない一歩

15/05/24