「…ねぇ、どうしたらいいのかな」
「俺が知るかバーカ」
あんまりだ、あんまりな返答だ。聞いてくれているだけ有難いと思うべきなのだろうが、なんともあんまりだ。
ザップは、ハンバーガーをむしゃむしゃと食べながらふんぞり返って鼻を鳴らした。
「それ、誰が買ってきたとおもってんの」
「はぁ?てめーのどうでもいい、いかにも処女丸出しな相談聞いてやってる手間賃だろうが!」
「さっきっからまともな答え貰ってないんだけど?!」
「だーから、聞いてやってんだろ?」
誰が相談に乗ってやるなんつったよタコ、と舌を出す銀髪が憎らしい。猿のくせに人の揚げ足まで取るのだから腹が立つ、そのまま動物園か見世物小屋にでも売り込んでやろうか。揚げ足の取れる猿なんて滅多にいないから人気者になれるだろう、そしたら万年金欠ともおさらば出来る、画期的な考えだ。
「おいてめぇ今すんげー失礼なこと考えてんだろ、わかんだぞそんくらい」
ちっ、と舌打ちが出てしまう。意外とこの男、見た目や頭の悪さに反して察しが良いのだ。
「わっかりやすい女だよなぁ、そんなんだからスカーフェイスさんのいいように使われんだよ」
「うるさい」
「事実だろ」
そういわれてしまうと、ぐうの音も出ない。誤魔化すようにチーズバーガーを食べる、濃厚過ぎるチーズの味に舌が馬鹿になりそうだった。
──がスティーブン・A・スターフェイズに恋をしている。これは、ライブラの一員ならば知らぬ者など居ないくらい、有名な話だった。実際その通り、自分は彼に果てのない恋している。
どこが好きなの、とよくK・Kから聞かれたものだが、敢えて言うなればスティーブンが好きだった。スティーブンを、スティーブンたらしめるもの全てが、好きなのだ。こずるいところ、意外に笑うと可愛いところ、結構普通に怯えたりするところ、非情なところ、警戒心が強いところ、仕事熱心なところ、女性の扱いが手慣れているところ、など。エトセトラ、彼の好きなところを上げたらキリがない。結局それも、スティーブンだから好きなだけであって、別の誰かだったらどうでもいい部分だった。
見ているだけでどんどん好きになってしまっている自分に気付いて、とうとうある日、好きですと告白した。まるで挨拶のような気軽さで、公衆の面前とかそういった常識等は関係なく、大っぴらに恥ずかしげもなく、好きですと伝えたのだ。あとから考えると、この作戦は完璧だったと思う。恐らく二人きりで告白していたら、彼は逃げただろう。優しく、残酷に、聞かなかったことにされていただろう。それをされないだけ、マシだった。
初めて告白した時、彼の反応は、そりゃあもう可愛かった。こちらの気持ちにまるで気付いてなかったとでも言いたげに、持っていた書類全部取り落として、困惑の眼差しを向けられた。初めて、彼の瞳に自分という存在が入った気がした。
「押したら勝てると思ってたんだけどなぁ…」
「バカか、普通に考えて自分に惚れてる女くらい利用価値のある女いねぇぞ」
クズな発言だったが、言い返せなかった。確かに、駆け引きめいたやり取りをして、自分を好きにさせるというのが定石なのだろう。だが、女性に慣れている彼にそんな手は通用しないし、そもそも男性慣れしていない自分にそんな手管がある筈もない。なので、真っ当過ぎる正攻法で挑んだのだ。ひたすら、愛を囁くという実に幼稚で、実に陳腐で、実にどうしようもない作戦だ。
「でもほら、好きって言い続けてたらいつか好きになってくれるかもしれないじゃん?」
「有難みもくそもねぇな」
仰る通りで。実際、スティーブンの反応は日に日に薄くなっていった。最近では好きです、と告げたら、あぁおはようなんて挨拶を返される始末だ。なんたる有り様だ。明らかに、女性として意識をされていない。
「あんまりだ」
「てめぇのそのアサハカな考えが、な」
殴るぞ。睨み付けるも、ひひひひ、なんて下品な笑い声が返ってきた。思わず立ち上がり、だらしなく開いたその股関の一歩出前をめがけて掲げた拳を勢い良く振り下ろす。ぽすん、とソファーの柔らかな弾力に全て吸収されてしまったが、脅しとしては充分だったようだ。ふん、と鼻を鳴らすと慌てて足を閉じて股間を守るように手で覆い隠すザップの姿は実に滑稽だった。
「てっめ!!!!何こえーことしてんだよ俺のインフィニットマグナムが再起不能になったらどうすんだよどう責任とんだよ全国の美女が泣くだろ!!」
「浅はかな考えで物をいうからこうなるのだよ、ザップくん」
「誰だ!何キャラだ!泣かすぞタコ!!」
普段であればそれなりに迫力が出るであろう台詞も、股間を押さえてとなるとちゃんちゃらおかしくて仕方ない。
「…しかし、ほんと、何考えてるんだろ」
「あぁ?!俺のインフィニットマグナムがどうしたって!!?」
「言ってないよ馬鹿」
どうでもいいこと、この上ない。ひーひー騒いでいるザップを無視して、コーラで喉を潤す。あぁ、こういう安っぽい味、嫌いそうだなぁなんて思いながら。
結局、自分の作戦はよくわからない内に成功したのかどうなのか、一つだけ進展があった。
もう一月くらい前の話だが、自分は一週間の単独任務を命じられたのである。単独、というところに気は引けたが、自分に任命したのは他ならぬ彼だった。そもそも、組織の一部である自分が、与えられた任務を断る訳もなく。二つ返事で了承して、単身境界都市へと勇み出た。
任務自体はいうほど難しくなく、いつも通り楽しく過ごしてVIPと仲良くなって帰ってきたのだが、戻ってきた途端、一つの問題が浮上した。久し振りに見る彼があまりにかっこ良くて、あまりに素敵で、あまりに魅力に溢れていて。日課といっても過言ではない愛の告白が出来ないくらい、スティーブンという存在にくらくらしていた。しかし、このままではいけない、正攻法も続けなければ意味がない。そう意気込んで、クラウスが開いてくれたお帰りパーティーの際にいつも通りに愛を告げると、思いもよらぬ展開が待っていた──彼からの、口付けである。
今でも、思い出すだけでじんわり涙が出てきそうになる。嬉しくて、幸せで、同時に訳がわからなくて。一体彼は、何の意図があってあんなことをしたのだろう。酔った勢いか、それともうるさい小娘を黙らせる為の手段か。考えても考えてもわからず、結果として、日課は日課でなくなった。それどころか、ここ数日においては顔もまともに合わせていない始末だった。
「スティーブンさんに会いたいなぁ…」
「避けてんのてめーだろうが」
「だってどんな顔すればいいの」
「俺が知るか!」
「…役立たず」
「てんめぇ!!」
「はぁ」
「溜息吐きてぇのはこっちの方だバカヤロー!!!」
ザップの言い分は、至極真っ当だった。会いたいならば会えばいい、その通りだ。でも会えなかった、怖かった。戯れに口付けられて平気でいられるほど、自分は強くなかった。
「なんで、キスしたんだろ」
「そりゃてめーあれだ、目の前にあったらするだろ普通」
「万年発情期の猿に聞いた私が馬鹿だったね、ごめん」
「何失礼なこと言って勝手に謝ってんだこのくそ女!てめーが俺にしか話せねぇっていうから聞いてやってんだろーが、もっと感謝しろバーカ!!」
子供のような言い分だったが、正論だった。何しろザップは、その現場を見ていたのだからもう当事者のようなものだろう。
普段はK・Kに相談するが、今回ばかりはそれも出来ない。彼女から可愛がられている自覚はあった、それ故にきっと現状を聞いたら彼女はその使い慣れた武器をスティーブンに向けるだろう。流石に組織の構成員同士、本気で殺し合いをするほど愚かではないだろうし、自分の為にそこまでしてくれるとは思わないが、しかしまぁ、ややこしいことになるのは間違いない。そもそも優しい彼女の心をこんなことで痛めさせるのも忍びない。
「しっかし、スカーフェイスさんも物好きだよなぁ。いっくら目の前に隙しかねぇ処女がいたって、俺ぁお前なんかに絶対手ぇ出さねぇわ」
「切るよ」
「なにを」
「そのインなんちゃらマグナムとやらを、ちょっきんと」
「ここここここえーこというなこの暴力女!!処女!!!」
震えて股間を押さえていわれても、全く迫力がない。というか、その呼称いい加減やめてくれないだろうか。不名誉だ。震えるザップの姿があまりに面白かったので、録画してチェイン辺りに横流ししてやろうと携帯を取り出したその瞬間、予想外の声が耳に届く。
「──楽しそうだね」
「え」
「俺も、混ぜてくれるかな」
ひんやりと、執務室の気温が2度くらい下がった気がする。それくらい静かな声だった。ぎぎぎ、まるで壊れたロボットのようにゆっくり振り返る。執務室で話すべきではなかったのかもしれないなぁ、と入り口で優雅に立っている彼を見て、ぼんやりと思う。
「す、スティーブンさ、ん…」
「やぁ、なんだか久し振りだね」
「そう、ですかねぇ」
「あぁ、君が俺を避けていたからね」
ぐう。二の句が告げない、誤魔化しの言葉も出てこない。というか、何故スティーブンの機嫌は悪いのだろうか。何かしてしまっただろうか、最近は避けていたので顔すら見ていなかったのに。
ばちり、視線がかち合う。やっぱりかっこよくて、素敵で、魅力的だ。どっどっどっ、心臓が痛いくらい高鳴っているのを感じる。ちくしょう、好きだ。
「さて──」
いつもより低い、威圧感のある声。ぞくり、と背筋に何かが走った。それは惚れているが故だろうか、否、単なる恐怖だ。ちらりとザップに視線をやると、彼も同じように震えていた。
「ザップ」
「な、なんすか…」
「君には頼みたい仕事がある。なぁに簡単な仕事だ、子供の使いのようなものだ。今すぐ、サブウェイでサンドイッチを買ってきて貰えるかな」
「ヨロコンデー!!」
「出来るだけ、ゆっくり買ってこい──いいな」
「ヨ、ヨロコンデー!!!」
どこの居酒屋店員だ、と平時であれば馬鹿にしたかった。だが今は、そんなことをしている余裕など微塵もない。
ザップが一目散に出ていってしまった為に、今現在、執務室にはスティーブンと二人きり。こんなにも重々しい空気で、二人きりとは何事だろうか。一人だけ逃げたザップが戻ってきたら、それこそ彼の股間を蹴りあげてやろうと思う。あんなものは使い物にならなければ良い。
、」
「ひゃ、ひゃい!」
「なんだその返事は」
貴方が怖いからです、とは言えなかった。ふぅ、と溜息を吐いたスティーブンは自分の隣に腰かける。あれ、なんだか、先程より空気が軽くなったような…そんなことを考えていると、不意に彼の手が口許を拭う。スティーブンの口許ではない、自分の口許だ。ぐい、と親指で口端を拭われたと思ったら、彼はその指を自らの口許に寄せた。ちょっと待ってくれ、何をする気だいやいやおかしいだろう。そんな言葉が頭に浮かんでくるのもお構いなしに、彼はソースのついた親指をぺろりと舐めた。こちらを見つめながら、というおまけ付きだ。
「…ん、やっぱりファーストフードだな」
ぽつり、呟かれた言葉に謝罪したらいいのやら弁解したらいいのやら。あまりのかっこよさを目の当たりにしてしまったせいか、くらくらする。
「す、すすす、すす、スティーブンさん?」
「どもり過ぎだろ。なに?」
なに、って!普通に考えても部下にするようなことではないと思うのだがどうだろう。それともあれか、彼の中ではこういうことをするのが当然なのだろうか。今まで受けたことがなかっただけで、チェインやレオナルド達もこういったことをされていたのか。想像しただけで、じわりと嫌な感情が出てくる。嫉妬だ、我ながら醜い。彼は自分のことなど、歯牙にもかけていないというのに。
「…どうした?」
俯いていたら、彼にくい、と顎を持たれて強制的に上を向くことになる。覗き込まれた顔の近さに、頬が熱くなるのを感じた。
一体、どういうつもりなのだろう。この間のキス以来、どうにも彼はおかしいと思う。自分を気にするような素振りを見せたり、避けたら傷付いたような顔をしたり。やめて欲しい、勘違いしそうになる。
「スティーブン、さん」
「…なに?」
「──すき、です」
きっと、自分は何かに呪われているのではないだろうか。彼の姿を見ると、あまりにも胸がいっぱいになって、もう抑えきれなくなって、そうして言葉が出てくる。幼稚な愛の言葉だ。本当は、もっと聞きたいことがあるのだ。なんで機嫌悪いんですか。こういうこと誰にでもするんですか。なんであの日、キスしたんですか──でも、結局それが口について出ることはない。
「うん、知ってる──」
ちゅっとまるで子供騙しのようなキスが降ってきて、また頬の熱が高まるのを感じる。きっとこれは、気まぐれのようなものなのだろう。好きだ好きだいってくる子供を、暇潰しにからかうような、そんな残酷な遊びなのだろう。でも、それでもいい。結局どうしようもなく好きなのだから、もう、今はなんだっていい。
「…真っ赤」
離れた唇がくすりと笑ってくるから、恥ずかしさが募る。仕方ないだろう、こういったことには不慣れなのだ。その上、相手が恋い焦がれて仕方ないスティーブンなのだから、真っ赤になって然るべきだろう。
「しかし、感心しないね」
「なにがです?」
「ここ最近、俺のことを避けてたと思ったらザップと二人きりなんて…君は俺が、嫉妬しない聖人君子だとでも思ってるのか?」
「……へ?」
思いがけず、言われた言葉につい間の抜けた声を出してしまう。聖人君子だと思ったことはないので安心してほしいのだか。嫉妬?そんな彼とは無縁の言葉にまばたきの回数が増えるのも仕方がない。今、彼はなんの話をしているのだろう。
「あんなに好きだ好きだ言ってたくせに、こっちが応えたら今度は放置なんてあんまりだろ」
「え、」
「その上、久し振りにまともに会えたなと思ったら別の男と二人なんて、全然笑えない」
「あの、スティーブンさん」
「君、俺の恋人だって自覚あるの?」
「はぁ!?」
こいびと。今この人は、恋人といっただろうか。一体誰が、いつ、この人の恋人になったのだろう。
「なんだいその反応──流石に、傷付くんだけど」
拗ねたように唇を尖らせる様は、可愛い。そんな表情見るのは初めてかもしれない、また好きなところが増えた。いやいやいや、今はそんな呆けたことを抜かしている場合じゃない。
「スティーブンさん、あの」
「なに」
「恋人って、その、私のことですか…?」
「他に誰がいるんだ、それとも君は、俺が付き合い立ての恋人を放置して浮気するような男に見える?」
見える。とは言えなかった。スティーブンの言葉が上手く理解出来ず、ぐるぐると恋人の二文字が頭のなかを巡っている。
「私、いつスティーブンさんとお付き合いしたんでしょうか…?」
「は?!」
今度声をあげるのは、スティーブンの方だった。思いがけず、今日は色々な彼の表情が見えて楽しいなぁと思う。こんな状況でなければ。
「いつって、そりゃあ、君がクラウスの為に開いたパーティーの時だろ…?」
「え」
「だってキスしただろ!」
「しましたけど!キスしただけですよ!?」
「なんだそれ、君誰とでもキスするような尻軽だったのか!?」
「そんな訳あるか!」
ぜぇ、ぜぇ。二人してみっともなく声をあらげてしまった。しかも至近距離で、子供みたいに。ちらり、視線を向けると彼は両手で顔を覆い、天井を仰いでいた。なに、その可愛い仕草。結局めろめろなのはこちらの方で、いつだって可愛いなぁかっこいいなぁ好きだなぁと思ってしまうのだから、どうしようもない。
「………あの、」
「君、あの時泣いただろ」
まぁ、泣いた。嬉しくて、訳がわからなくて、でもやっぱり幸せで、そりゃもうわんわん泣いた。それからスティーブンさんに宥めすかされ、チェインに介抱されるまで泣き続けた。止まらなかったのだから、仕方ない。思えばその時から、スティーブンとまともに会話していなかった気がする。
「だから…その、なんだ。君が俺と想いが通じて泣いたとばかり、勘違いしていた。ここ最近君が俺を避けるのは、恥ずかしがってるんだろう、と」
「なんというか…申し訳ない」
「謝るな、虚しくなる」
いや、でも。ごにょごにょと呟いてると、はああああと深い溜息が彼の口から落ちてきて。申し訳なさとか、今までの無駄な悩みとか、色々込み上げてくるのだから仕方ない。
なんだか、随分と遠回りをしていたらしい。お互いに。
溜息を吐いた彼は、今度はがっくりと、項垂れていた。ちらり、視線を向けると奇しくも同じタイミングで、彼もこちらを見ていた。
「…改めて言いたいんだが」
「はぁ」
「君は、俺が好きなんだよな」
「はい」
「……じゃあ、まぁ、その、なんだ。俺が君にキスした意味はわかるだろ?」
わかる、今ならわかる。多分、この人は今、スマートじゃない二人の始まり方にものすごく後悔しているのだろう。意外とかっこつけたがりの彼は、そういう形というのだろうか、色々と気にするところがある。
でも、まぁ、こちらも不服なものは不服なので。
「わかりません」
「は!?」
これくらいの意地悪は許されるのではないだろうか。
驚きに目を丸くする姿はひどく可愛い。なんだか面白くなってきてしまって、くすくす笑いが漏れてしまう。そんな自分に対して、彼の顔はどんどん歪んでいく。
「…君、案外ずる賢いよなぁ」
「そうですか?」
「そうだよ、こないだだって任務明けいきなりよそよそしくなったと思ったら、あんな顔で告白してきて」
「ドキドキ、してくれました?」
「まぁ、ね」
「わ、わぁい」
「なんだいそのカタコト」
「スティーブンさんこそ、耳赤いですよ」
「うるさい」
可愛くない口を塞ぐように、彼から突然の口付け。泣くことはない、そんなことより愛が溢れて仕方なかった。
「好きです、スティーブンさん」
「知ってる」
「スティーブンさんは?」
「──知ってるだろ」
はい、と返事の代わりに、今度は自分から口付けた。

愛の言葉よりも雄弁に

15/06/07