「おはよう。悪いニュースともっと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
起き抜けに言われた言葉は、あまり心地よいものではなかった。
ベッドですやすや、心地よく眠っていた人を文字通り叩き起こして、開口一番がそれというのはどうなのだろう。そもそも、なんだそのイエスorはいの質問は、どちらにせよ悪いニュースならさっさと話せば良いものを。 と、いうような文句を、起きてすぐ言えるくらいの寝起きの良さを身に付けておきたいと心から思う。実際はそんな頭も口も回らずに、もぞもぞとシーツに埋もれて唸っているのが現状だった。だって眠いのだから仕方ない。
すると、強引に腕を引っ張られてしまい、結局起きあがることになってしまった。眠い、その上身体は重いしだるい。まだまだ睡眠という名の休養を欲しているようで、気を抜くとすぐゆらーりとベッドにダイブしそうだった。うつらうつらそのままの状態で船を漕ぎそうになっていると、身にまとったシーツをひっぺがされる。ひどい、そしてなによりも眠い。
仕方なしに目を擦って窓を見ると、まだ陽も登っていないようだった。どういうことだ、と慌ててベッドサイズに置かれた時計を見ると時刻は午前3時。まだまだ人間の活動時間ではない、深夜だった。ふざけてる、なんでこの時間に、わざわざ叩き起こされなければならないのだ。
そして、強制的に眠りから起こした人物が、まだ背広は羽織っていないものの、きっちりといつものスツールにいつものシャツを着ているのだから憎らしい。ネクタイだってびしっと締められていて、もう今すぐにでも出掛けられそうだった。
いつまで経っても返事が来ないことに焦れたのか、ぐに、と頬を引っ張られる。痛くない、今はまだ。答えないと、多分痛くされるのだろう。
「…普通、いいニュースと悪いニュースって聞きません?」
寝起きの低く掠れた可愛いげのない声で答えると、彼はぱっと手を離してベッドに腰かける。多分、またベッドに横たわるのを防止したいのだろう、わざわざ人の背中側に座るのだからひどい。いくらなんでもいい加減起きますよ、信用ないなぁ。
「どっちも悪いニュースなんだから仕方ないだろ。で、どっちから聞く?」
「………じゃあ、もっと悪いニュースから」
「オーケイ、悪いニュースからだな」
「話す順番決まってるんだったら最初から意見求めないでくれませんかねぇ!?」
思わず声を荒げて肩越しに振り返ると、けらけら笑っているからまた腹が立つ。寝起きの頭で頑張っているというのになんという所業だ。悪魔か。
睨み付けると、くしゃりと寝癖のついているだろう頭を撫でられるから、うっかり許してしまいそうになる。これは狙ってやっているんだろうなぁ、そうだろうなぁ、ちくしょう。
「…で、なんなんです?こんな、夜中に──全然おはようじゃないですよ」
「出動命令が出た」
「はぁ」
何故、起こされねばならぬのだ。生返事をしながらそういう意味を込めて思い切り睨み付けてみる。何度もいうようだが眠いのだ、人間惰眠を貪る時が一番幸せなのではないかと前々から思っている。
こういった深夜、人の活動時間外に出動命令が出るというのは特別珍しいことでもない。何せ相手は世界の敵だ、こちらの都合など構ってくれる訳もない。しかし、大抵そういう出動命令に呼ばれるのはライブラを代表する戦闘員の彼らで、自分はお呼びでない。もしや、今から出動するから一緒に出るぞと、そういうことだろうか。そいつはあんまりだ、せっかく今日は、美味しいディナーのあとに夜景の綺麗なホテルに来たというのに。自分だって良い大人なのだから、朝起きて一人で事務所まで辿り着ける。それに、ここのモーニングは美味しいと評判なのだ。
こちらのそんな想いを知ってか知らずか、苦笑した彼はぽんぽん、と宥めるような手つきで頭を撫でてくる。くそぉ、こんなことでは誤魔化されないぞ。優しい手が心地よくて、目元が緩みそうになったのは内緒だ。
「で、もっと悪いニュースなんだけど──どうやら現場がここのようなんだ」
はぁ、そいつは偶然ですね。そう返せれば、どんなによかっただろうか。
ここが現場。つまり、この場所に他の面々がくる。それはまずい、彼と恋人同士というのは周知の事実とはいえ、いくらなんでもこの場にこんな寝間着姿でいるのは問題だ。
「納得してもらえたかな?」
こくこくと、音もなく頷いて、慌てて立ち上がる。シャワーを浴びてる時間くらいあるだろうか、いや彼が連絡を受けてからビシッと着替えるまでの時間を換算したら、恐らくない。なんでもっとはやく起こしてくれないのかなぁもう!
脱ぎ散らかした、いや脱ぎ捨てられた服をかき集めてベッドに置く。ばっ、と恥もへったくれもなく寝間着を脱ぐと不意に視線を感じる。ブラウスに袖を通しながら、その視線の主に抗議の言葉を向ける。
「…なんですか、もう」
「いや、着てる姿をみるのも中々」
「へんたい」
「その変態が好きなのは誰かな」
ぐう。否定が出来ない、開き直った大人ほど怖いものはない。いや、今この人に構っている余裕など自分には残っていない。さっさと着替えて、さっさとメイクして、さっさと髪を直さなければならない。あぁ、なんで自分はこんなに釦の多い服を着てしまったのだろうか。
「おぉ、寝起きの君がこんなにはやく動いてる姿は初めて見るなぁ」
自分は準備が済んでいるからといって、あんまりではないだろうかと思う。しかし、今はのんきな声に反応してる余裕などないのだ。
「あと、どれくらいで皆さん来るんですか?!」
すっかり丸まってしまったストッキングを慌てて伸ばしたら裏返しだった時の衝撃は、言うまでもないだろう。慌ててひっくり返していると、ベッドの上で優雅に足を組んでいた彼はけらけらと笑った。ちくしょう、腹正しい。
「うーん、どうだろうね。連絡が来たのが1時間前だから、そろそろじゃないかな」
「なんでその時に起こしてくれないんですか!」
「一応起こしたよ、軽くだけど」
「軽くで起きると思います?」
「思わないけど、僕も準備があったからなぁ」
憎らしい。この人は時折、自分に意地悪をする。しかもそれがギリギリなんとかなるかならないか、微妙なラインの意地悪をするのだからタチが悪い。
ようやく元に戻ったストッキングに慌てて足を通すと、嫌な電子音が鳴り響く。スティーブンの電話だ。まずい、もう到着したのだろうか。まだ化粧どころか髪も直してないのに。
「ウィ、スティーブン」
さぁ、と血の気の引く思いの中、取り敢えずこのままではまずいとスカートを履く。ファスナーを勢いよくあげると、不意にぎゅっと抱き締められた。この人は一体、何をしているのだろうか。
「は?え?スティーブンさん?」
「黙って」
思わず肩越しに振り返ろうとすると、抱き込まれたまま強引に屈ませられて、その次の瞬間。ドカーン、なんてわかりやすい音が聞こえてきて、ホテルの一室は倒壊した。このホテルのモーニング、美味しいって聞いていたのにこれじゃあ食べれないよなぁ、なんてどうでもいいことを考えながら、自分を守るように回された彼の腕をぎゅっと握った。風通しのよくなった一室は少し心細さがある、何せ一応高層階だ、ビル風に吹っ飛ばされる恐れがないとは言い切れない。そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか頭の上からふっと笑い声が聞こえる。
「そんな不安がらなくても、大丈夫大丈夫」
いや、不安にもなるだろう。と言いたかったが、その優しい声音に小さく頷く他なく。自分の様子に満足したのか、いいこだ、なんて声が降ってきて、おまけにくしゃりと髪を撫でられた。あぁ、そういえば髪をまだ直してなかったなぁ、と思ったが今更だろう。
「さて、」
その一声が聞こえた次の瞬間、抱き締められていた身体は解放され、少しひんやりとした空気に身を包まれる。パキン、と空気が固まるような音。ざり、なんていう彼の靴音が耳に届いてようやくスティーブンの能力が使われたのだと知る。
「招かねざるお客さんには、それ相応のお出迎えをしないとね」
あれ、なんか怒ってます?思わずそんな風に声をかけたくなるような、苛立ちが混じった声。彼も、こんな深夜に叩き起こされて怒っていたのだろうか。そりゃそうだよなぁ、いくらなんでも怒るよなぁ、おまけにせっかく予約の取ったホテルは壊れてしまったなんて。そんなのんきなことを考えていたら、何かしらの破片が飛んできて頬にぴっと傷を残していった。これは、ぼんやりしている暇はないということだ。
「す、すす、スティーブンさん、私どうしたら」
いいですか、という言葉は目の前に出来上がった壁のような高さの氷に吸収される。どうやら、ここで大人しくしておけと、そういうことらしい。足手まといには充分すぎるお膳立てだ。
「ちょっと寒いだろうが、すぐ済ませるから」
「ら、らじゃーっす!」
壁の外から掛けられた声になるべく大きく元気に返す。不安がないといえば嘘になるが、彼がいるだけでどんな屈強なボディーガードよりも心強い。
自分の返事を聞いて、スティーブンがくすりと笑ったと同時に、また一際大きな轟音が響いて部屋の温度はどんどん下がっていく。



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「お待たせ、生きてる?」
「生きてますよ」
縁起でもない声の掛け方をしてくる彼に抗議の視線を投げ込むと、彼は壁の外からけらけらと笑っていた。先程まで戦闘をしていたとは思えない軽快さだった。
クラウスの手により呆気なく氷の壁は壊され、ようやく常温の空気に包まれる。ふぅ、と息を吐くとぽんぽんと頭を撫でられて、その優しげな手つきに思わず目を細める。慣れた感触だ、ほんの少し冷たいのは、今の今までその力を使っていたからなのか、身体を動かしたからなのか。ちらりと視線を送ってみると、穏やかな表情だった。目元の皺がこんなにもいとおしい人を、自分は他に知らない。先程は少し機嫌が悪そうだったが、どうやらいつの間にか直ったらしい。
「さて、今夜の宿がこんな有り様じゃあ、もう帰るしかなさそうだね」
「チェックアウト時間は、まだ先ですけどねぇ」
「それくらい融通は効かせてもらうさ、何せこちらは被害者だし」
一室をほぼ凍り漬けにしておいて、この言い種とは。思わず舌を巻いてしまう。まぁ、被害者といえば被害者だろう、何せこちとら3時に叩き起こされているのだ。
「またその内、どこかのホテルでうまいモーニングを食べよう」
流石、よくおわかりで。自分のモーニングへの未練を見抜いた上での発言にはちょっと笑ってしまった、この人もこの人で大概自分に甘い。
集合したライブラの面々に軽く挨拶をして、スティーブンと二人で深夜だというのに明るい夜の街を歩く。タクシーを拾ってもよかったのだが、なんだか歩きたい気分だったのだ。その提案に彼は若干不満げだったが、特別反論することもなく大人しく隣を歩いてくれた。
「そういえば、スティーブンさんが戦ってるとこ、久々に見ました」
「そうだっけ?」
「かっこよかったですよ」
「なに、朝食のおねだりかい?残念ながらヴェデッド特製のローストビーフはないよ」
「えぇ、残念」
「君は本当に食い意地張ってるなぁ…」
呆れたようにいう彼の腕に思い切り抱きついた。彼は一瞬目を見開いて、それから目を細めて小さく笑った。
「随分ご機嫌だね、深夜に叩き起こされた割には」
「スティーブンさんと一緒ですから」
「…あぁ、そう」
「照れてます?」
「うるさい」
いうがはやいが、街中だというのに口付けが降ってくる。怒るべきところだろうとも思うが、取り敢えず今日は目を閉じて、その唇の優しさを堪能しようと思う。叩き起こされたのは気に入らないが、彼の勇姿を拝めたのは中々悪くない。欠伸を噛み殺しながら、不謹慎にもそんなことを思った。

グッドモーニングニュース

15/06/09