すらりと伸びた生っ白い足。細くて華奢なそれは、自分がほんの少し力を入れてしまえば、すぐ折れてしまいそうな危うさがある。普段はストッキングやスラックスに隠れているこの足を、何度愛撫したかわからない。
自分の膝にその踵を乗せてみると、その付け根の付近がチラチラと見え隠れしてくるから、ぐらりと欲望のままにねぶってしまいたくなる。
前々から思っていたが、彼女の部屋着はゆったりさを重視しているせいか、少し動くと全てが暴かれてしまうんじゃないかというくらい危うくてはしたなくて、ひどくそそられる。今日だって信じられないことに2サイズくらいオーバーのTシャツをワンピースのようにしているのだ。いや、勿論下にショートパンツを履いてはいるが、一見するとそれは見えないし、何より心許ないだろう。現に自分は、今理性と本能の瀬戸際で揺れている。
それをぐっと堪えて更にその先、足の指を掴んで固定する。小さな指だ、思わず口に含んで吸い付いてやりたくなるが、きっと嫌がるだろう。それよりも今はやることがあるのだから、嫌がる姿を堪能するのはまた後でもいい。
「スティーブンさん、ほんとにやるんですか?」
そういう彼女は、ひどく居たたまれなさそうで可愛い。抵抗があるのだろう、気まずそうに視線をさまよわせて、胡座をかいている方の足の土踏まず辺りをぐにぐに押したりしていた。
「嫌?」
「嫌っていうか、なんというか…」
我ながらずるい聞き方だなぁと思うが、彼女の反応が可愛いのだから仕方ない。問われた言葉に真面目に答えようと正答を探す様はひどく愛らしい、なんとか自分を納得させるものを捻り出そうとしているのだろう。だが、残念ながらどんな理由にも納得してやるつもりなど、毛頭なかった。どんな上手な答えが返ってきても、全ての丸め込むくらい容易い。
「いいじゃないか。スキンシップだよ、スキンシップ」
「…なんかその言い方、セクハラくさいです」
「ひどいなぁ」
バッサリと言い切られてしまうと流石に落ち込む。苦笑を滲ませると、彼女は唇を尖らせて小さく唸り声をあげる。どうやら他に反旗はないらしい。こう言うのもなんだが、君ちょっと俺に弱すぎじゃないか。
ちらり、さまよっていた視線が不意に向けられて、年甲斐もなくドキリとした。この子は時折、年齢に沿った大人な顔を見せるから性質が悪いのだ。
「仕方ないので、お願いします」
「仰せのままに、お姫様」
「…恥ずかしい人だなぁ」
ようやく得た了承の言葉に恭しく頭を垂れると、気恥ずかしいのか可愛くない言葉が返ってくる。しかしそれさえも愛しくて。
ふ、と笑ってから背中を丸めて足の甲に唇を落とすと、びくりと面白いくらいそれが跳ねるから堪らない。くすくすと笑い声を漏らしていると、不機嫌そうに顔をしかめられてしまった。その顔も可愛いのだから困ったものだ。
さて、このままからかっていては機嫌が悪くなってしまうので、身体を起こしてローテーブルに置いたそれを手に取る。うん、良い色だ。彼女のセンスは自分に近いのか、好みの色合いだった。もしかしたら、自分に合わせているといういじらしい考えもあるのかもしれない。そんな浮かれたことを考えながら、ぐっと力を込めて蓋を緩める。鼻につん、とつく独特の匂いがする。こればかりはあまり慣れたものではないなぁと心底思うが、それも彼女の爪先を彩るためならば厭う理由にもならない。
「なんで、ペディキュアなんてやりたがるんですかねぇ…」
ぽつり、ぼやくように呟く彼女は、納得はしても理解はしていないといったところらしい。自分でも別にどうしてもやりたい訳ではないのだが、嫌がられると燃えるという実に下らない理由もひとつ入っていることをあげておこう。恐らく、彼女が聞いたら怒るだろうが。
マニキュアの瓶をローテーブルに戻して、ハケをそっと片手で固定した親指の爪に乗せる。すうと手前に引くと薄く色付くそれが、少し面白い。瓶から液を足しては塗り、足しては塗りを繰り返して、全ての指先に薄く色の乗った片足へそっと息を吹き掛けた。ぴく、とそれが跳ねたのは、決して気のせいではない。
「敏感だね、」
「セクハラ発言はやめてください」
ひどい言葉だ。肩を竦めると、頬を赤くした彼女からじろりと睨み付けられてしまった。全く愛らしい反応である、これだから言わなくてもいいことも全て承知の上で、ついつい言葉に乗せてしてしまうのだ。
彼女の足首を持ち上げながら、立てた膝をぺたんと外側に倒し、そっとそこに彼女の足首を乗せた。これで乾くまでにソファーが汚れることもないだろう。というのは言い訳で、その小さな足を自分の足に乗せたいだけだった。すらり、白い足が近くに見えるのは悪くない気分だ。
空いた片方の膝を立てると、言わなくても彼女の片足が伸ばされてくる。投げ出されるようなその仕草に、頬が弛むのは仕方ないだろう。
「いいこだ」
「子供扱いしないでくださいよ」
「子供相手に、こんなことはしないだろ」
伸ばされた片足の甲に先程同様に唇を落とすと、今度は彼女の爪先が攻撃をしてくる。くい、と顎を持ち上げるようになぞられてしまっては、自然と彼女を見上げる形となった。その表情の、艶っぽさと来たら。
「おいたしてないで、はやく塗ってください。足つっちゃうんで」
「…そいつは失礼」
欲望のままにその足を食らってやろうかと思ったが、眉を吊り上げた彼女にその気はない。怒られるのを承知の上でしても良いのだが、後々尾を引きそうで怖い。大人しく背を伸ばして、またハケを彼女の爪に這わせることにする。
ふん、と鼻を鳴らした彼女の頬は、その気はないくせにほんのり赤く、挑発的な行動に反して初々しさを感じる。引っ込みそうだった欲望は、まだじりじりと扉の前で右往左往していた。これで、狙っていないというのだから困りものだ。頼むから他の男にはこんな姿を見せないでくれ、と懇願したくなる。勿論、そんなみっともない真似は出来ないので、他に虫除けの手段を考えなければならない。
「──…スティーブンさんって、」
「んー?」
面積の小さい小指を塗っているところで、彼女から声が掛かる。顔をあげたいのは山々だが、この小さな範囲からはみ出さない自信はなく、申し訳ないが生返事にて対応した。
彼女は気分を害した風もなく、ぽつりと呟いた。静かな室内で聞く彼女の声は、ひどく耳馴染みが良い。
「これまでも、こういうことを、やってあげてたんですか?」
「こういうことって?」
「いや、だから…こうやって、ペディキュアしてあげるとか」
「…いや?」
言われてみれば、こういうことをするのは初めてだった気がする。過去、関係を持った女性とはこんな穏やかな時間は過ごさなかったし、過ごしたところでどう飾られようがあまり興味がなかったとも言える。そもそも、飾ろうという気持ちもなかった。そういう意味でも、自分はひどく薄情な男なのだろう。
何故、彼女に至っては違うのか。理由は、まぁ簡単だ。好奇心と、単なるスキンシップ。本当にその2点に限る。
お互い別々の仕事をしているのもあってか、こうして二人の時間がゆっくり取れるというのは、中々少ない。今日だって、2週間振りくらいだ。それなのに、恋人が隣にいるのに、彼女はペディキュアを選んだ。いや、彼女とて成人を済ませた女性で、そこそこ身嗜みに気を遣わなければならないのは重々承知している。なので、そこを責めるのは流石にお門違いだろう、そもそもペディキュアなんて少しの時間で完成する。
だから、まぁ、どうせならばそれを自分がやってしまえば、恋人としての時間も減ることがない。こうして滑らかな肌に触れることも、くるくる変わる表情も堪能できる。断じて、自分が構って貰えないからという子供っぽい理由などではない。これは、上手い時間の使い方なのだ。
「なんか、手慣れてますよね」
「そう?」
「…だから、その、これまでの人にもやってあげてたのかと」
その言葉の意味するところは、とどのつまり嫉妬なのだろう。過去への嫉妬というのは、実に下らないと自分は思っていた。そもそも変えようもない過去に対して何か思う時間があるのならば、今をどうにかしろと、そう思っていた。だが、人間変わるもので。
彼女は自分と同じく、過去への嫉妬が下らないと思っている人間らしい。だからこそ、滅多にこんなことを口にしない。自分だって同じように、過去への話はほとんど触れていない。そんな彼女が、理性と全く別のところで、それを面白くないと思っていることが、ひどく愛しい。そして、本当に稀な確率でそれを口にしては、自己嫌悪に顔を歪めているのがひどく可愛くて仕方ない。
小指の爪を塗り終えて、両足全ての指先が色付いた。白い肌によく映えて、色っぽさが増している。ローテーブルの瓶に蓋を乗せてしまえば、もうこんなものはどうだって良い。そんなことより、先程から顔を歪めている愛しい恋人を可愛がることの方が先決だ。
塗り終えたばかりの足首を持ち上げて、わざとらしく音を立てて踵に口付ける。ちらりと視線を向けると、面白いくらいに真っ赤になっていた。いつまで経っても初な反応に、口許は自然と弛んでいた。
次に、舌で擽るように足首から脛を舐め上げる。びくっと動いた彼女は、きっと別の何かを感じているに違いない。暴れないように、もう片方の足も持ち上げながら、そっと身を寄せるように前のめりに上体を被せた。
「スティーブン、さん?な、に…急に」
「いや、君があんまり可愛いから、つい」
「そういう話、してるんじゃないん、ですけどっ」
「うん、きもちい?」
黙れ、と言わんばかりに舐めていた足が跳ねる。じゃじゃ馬だなぁ、なんて嘯いてから膝の内側に唇を寄せて吸い付いた。肌の感触を確かめるように、何度も、何度も吸い付いて、そうして何個か紅に色付いたそこをぺろりと一舐め。その頃には、もう彼女の瞳は潤んでいて、反抗的な言葉は何一つ降ってこない。可愛くて、やらしい、愛しい子だ。
「さて──どうしよっか?」
我ながら、ひどい男だなぁと思う。お互いにどうしようもないくらいこの先を期待しているのに、敢えてこんな事を聞くのだから、彼女にしたら堪ったものではないだろう。現に、顔を真っ赤にしながら彼女は睨み付けてくる。可愛くて仕方ない、そういう顔は自分だけが知っていれば良いと、心の底から思う。
だめ押しにもう片方も舐めようかと思った矢先、その足がするりと自分の手を振り払ったかと思ったら肩に乗ってきて、踵でとんっと軽く項を叩かれた。
「──もう、そういうの、いいから」
はやく、とねだる言葉まで降りてくるからもう堪らない。散々可愛がった足を通りすぎて、彼女の唇に食らい付く。触れたかと思えば、半開きだった唇に舌を捩じ込んで、引っ込んでいた彼女の舌に吸い付いた。すっかりその気になってくれていた彼女が応えるように絡ませてくるから、ギリギリまで残っていた余裕なんてものは何処かへ吹っ飛ぶ。
もう御託や下手な挑発などはいらない。ここがリビングだとか、狭いソファーの上だとか、もうそんなのはどうだっていい。このまま貪るように彼女の唇を、足を、身体を余すことなく堪能しよう。薄く、でも確かに色付いた彼女の爪先が、ぴんと跳ねた。
色付いた爪先
15/06/16