はぁ、はぁ、はぁ。
呼吸が荒い。身体が熱い。足なんかはもう立ってられなくて、がくがく震えている。そんなこちらの身体を支えているのは、同じように呼吸を荒くした恋人だった。
熱い吐息が、顔中に降ってくる。熱を帯びた蘇芳の瞳がこちらをねっとり見つめていた。あんまりにも色気のある姿に、またはしたなく彼を求めそうになるが、身体の方はもう既に悲鳴をあげている。
「──大丈夫?」
耳元に落ちてくる声に、敏感な身体はすぐに反応した。思わずびくつくと、彼はくすりと笑みを溢す。それがまた、何かを期待させるようなものだから困ってしまう。
小さく頷くと、彼の唇が額に降ってきた。とろとろになった身体は、たったそれだけでじんわりと感じ入ってしまうのだから困りものだ。
乱れた髪を撫でられる。整えてくれているのだろう、丁寧に丁寧にと行われるそれは、先程のそれよりずっと優しい。ドキドキと鼓動が早鐘のようにうるさいのは、慣れない運動をしたせいではない。彼の仕草ひとつひとつに、心奪われているからだ。
くたくたの身体になんとか鞭を打ち、先程乱された衣服を整えようとした矢先、頬が一気に赤くなる。腹の下の辺りが、肌より白いもので覆われていたからだ。あぁそうだ、ふわふわと頭が働かなかったから忘れていたけれど、ここは玄関で、先程はお互いに余裕がなくて、欲望のままに求めあったのだった。溜息どころの騒ぎではない、恥ずかしいやら情けないやら勿体ないやらで、もうどうしたらいいのかわからない。
「ごめん、スキン持ってなかったから」
外に出しちゃった。
へらり、笑う彼は悪びれもせずに言った。いや、彼は正しい。セーフティはいつだって大事だ、遊園地の絶叫マシーンだっていつでも安全快適に過ごせるようにセーフティバーは必ず設置されている。男性として、外に出すという理性を持っていた彼は素晴らしい。素晴らしいのだが、これではもう乱れた衣服を整えることは出来ないだろう。このままシャワールームへ行くしかない。ただ問題なのは、彼の手管にメロメロになってしまったこの身体では一人でシャワーを浴びるどころか、歩くことすら儘ならないということだ。
「立てる?」
頭を振る。だろうなぁ、なんてのんきな声を漏らしている彼はもう息が整っていた。流石、世界を守るために日々暗躍しているだけのことはある。こちらは話すことも出来ないというのに。なんだか悔しいから、こっそり体力作りをしようか。セントラルパークでランニングでもするべきか、そんな関係のないことを考えていると、不意に彼の身体が沈んだ。
よいしょ、なんて溢しながらしゃがみこんだ彼は、壁に寄りかかりながら彼の身体を支えにしてなんとか立っているふらふらの足を肩に掛けている。何をする気なのか、というかこの体勢はもしかしなくてもとんでもなく恥ずかしいのでは。そんなのんきなことを考えていると、不意に下っ腹の辺りをぺろりと舐めあげられるから腰が跳ねる。
「なっ」
思わず声をあげたのは、決して喘いでいる訳ではない。んー、なんて言いながらも、彼はぺろぺろと人の下っ腹を舐めている。否、正確には下っ腹に付着している白いものを、だ。
「…あんまり美味いもんでもないな」
そして、言うに事欠いてそんなことを抜かすから、もう真っ赤になればいいのか、真っ青になればいいかよくわからない。
「なに、して」
「なにって、舐めてる。この状態だと服に着いちゃうだろ。しかし、自分で出しといてあれだけど、世の女性はよくこんなの飲み込めるなぁ」
「…」
いや、あの。
そんなのんきに話されると、なんだか慌てているこちらが馬鹿らしくなってしまう。限りなく色っぽい体勢ではあるというのに、当の本人はけろりとしているものだから、あたふたしているこちらばかりが意識しているみたいで妙に恥ずかしい。しかしながら、恋人に腹回りを舐められて動揺ひとつしない女というのもなにか違う気がする。
「んっ」
そして、この人の手管は絶妙なのだ。今まで何人の女を翻弄してきたかは知らないが、女の喜ぶポイントを全て網羅しているから笑えない。今度あげた声は、驚きではない。それに気付いた彼は、けろりとしていた顔を一変させて、すぅと瞳を細めた。その姿の、なんと色っぽいことか。
「──感じた?」
彼の問いかけは実に単純だ。
子供でも、どろどろに溶かされた頭でも理解できるような簡単なもの。それは時に、こちらの自尊心を刺激するような、被虐心を刺激するような、甘さの孕んだ問いかけで。そんな問いかけに正直に返すのも馬鹿らしくて、でもその瞳からは逃れられなくて、何も言えずに黙り込んでしまう。
それに気を良くしたのか、彼はべろり、と舐めあげる。今度は拭う為ではない、これは明確な愛撫だ。そして、攻めるべき場所を網羅している彼は、こちらの弱いところを完璧に覚えているから困ったもので。呆気なく腰を跳ねさせることしか出来ないのは本当に悔しい、翻弄されている。でもそれも悪くないと思ってしまっている自分がいるのも確かで。
「っすてぃーぶん、さ」
こういう時の自分の声が、心底恥ずかしい。甘ったるくて、熱っぽくて、続きをせがむような、掠れた声。でも彼は、それが好きだと言う。こういう時にに名前を呼ばれるのが心底クる、と前にベッドの上で聞いた覚えがある。求められているという征服欲で満たされて、最高に興奮するのだ、と。それを聞いた時、真っ赤になりながらも半信半疑だった。いつだって最中は翻弄されているから、そんなのを確認する余裕など毛先ほどもない。でも、今確信に変わる。
いつもよりも低い位置の頭、こちらを見上げる瞳はもう熱を帯びている。舌先を仕舞った彼は、ごくん、と喉を鳴らず。笑みはない、余裕もない。ぞくり、腰が震えた。
ぐん、と視界が揺れる。いつの間にか彼は立ち上がっていて、彼の肩に足を引っ掻けている状態の自分はどうやらそのまま持ち上がったようだ。ずるり、壁に寄り掛かった背が落ちかけて、慌てて手を伸ばしたのは彼の首で。あぁ、自分は結構身体が柔らかいんだなぁ、なんてのんきな事を考えていたら、ぽつりと呟きが落ちてきた。
「──今のは、が悪い」
ずん、と貫かれたような感覚に足が跳ねる。身体が熱い、先程よりもずっともっと熱い。嘘だろう、まさかそんな、こんなところで二回もなんて。
「まっ、て、もうちょっと休憩して、か、らっ…んん!」
「もう黙って──」
俺に、集中して。
そんな風に、甘い声で囁かれてしまったら。もうここが玄関で、身体が悲鳴をあげていて、ご近所さんになんて申し開きをすればいいか、なんてことは考えなくなった。はしたなく声をあげて、甘ったるい声で彼の名を呼んで、懸命に腰を動かして彼を求めた。もっと、もっと、なんて甘えながら、彼の切なそうな顔にぶるりと身震いをして。そうして二人で、とろとろに溶けるまで抱き合った。
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「うぅ…」
「…大丈夫?」
「だいじょうぶそうにみえますか」
「うーん、残念ながら」
はい、と渡されたペットボトルに口を付ける。思っていた以上に喉が乾いていたらしく、中身はすぐに半分ほどになった。その間、労るように髪を撫でてくれる彼の手は嫌というほど優しくて。そんな風にされてしまうと怒るに怒れない、そもそも動けなくなった身体を綺麗にしてくれたのは彼だし、それに最終的には自分もああなってしまった訳で。
うぅ、もう一度小さく唸ると、今度は頬に唇まで降ってきた。あぁもうちくしょう、そんな可愛いことされたらもう怒れないじゃないか。ポイ、とペットボトルを投げると、見事にキャッチまでされる始末で。何から何まで完璧だ、可愛い上にそつがなくてかっこいいなんて、この人何者なんだ。いや、案外だらしないところとか、手の掛かるところとか、子供みたいなところもあるのだけれども、結局それら含めて全部が好きなのだ。だからもう、こう言うしかないのだ。
「…スティーブンさん、ずるい」
「えぇ、そんなことないよ」
「ずるいですよ」
「そうかなぁ」
のんきに頬をかく姿は気が抜けているのだろう。ひどく可愛く写ってしまう。あぁ、これも惚れた弱味だろうか。こんなことで許してしまうなんて、自分はなんて安い女なんだろう。でも、好きなのだから仕方ない。誰にも治せやしないのだ、恋の病というものは。
「そういうところも、すきですけど」
本音を漏らすと、彼は驚いたように瞳を丸くして、それから柔らかく微笑んだ。つんつん、なんて頬をつつく手つきはこの上ないくらい優しくて、きゅん、と胸が高鳴るのを感じる。
「…俺からしたら、君の方がずっとずるいけど?」
「そんなまさか」
「まさかもまさか。そうなんだよ、これが惚れた弱味かな」
くすり、落ちてきた笑いが妙にくすぐったくて、同じような考えが妙に嬉しくて。ベッドに腰掛けた彼のお腹に手を伸ばす。さらり、シャワーを浴びたばかりの素肌が心地よくて、揃いのボディーシャンプーの香りがあんまり良い匂いで、鍛えられた身体は硬いから。ぎゅう、と思わず抱き締めたら、彼は少し驚いたのか身体をびくつかせた。
それに気を良くして、少しばかり回復した身体に鞭を打ち、唇を寄せた。脇腹を擽るようにして舐めあげたのは、先程の仕返しかもしれない。
そうしたら彼は、がばっと覆い被さってきて、
「──もう一回、シよっか。なぁ、?」
と笑うから、藪をつついてしまったこちらとしては頷く他になく。お互いまだまだ若いね、なんて笑うのはこれから数時間後のことになりそうだ。
とろとろに溶けてみようか
15/12/18