12月24日、クリスマスイヴイヴ。世界中でメリークリスマスと人々が浮かれ混じりに挨拶を交わし合う日。ヨーロッパなどキリスト信仰の深い土地では協会に人がひしめき合い、子供達はサンタクロースはまだかと空を見上げている。
キリストの降誕祭、聖なる夜。それは例に漏れずこのヘルサレムズ・ロットでも祝われていた。人界も異界も関係なく、道すがらメリークリスマスと挨拶を交わし合い、子供達はサンタクロースを待ち望み、大人子供関係なく浮かれていた──ただ一人、を除いて。
「いい加減機嫌直したら?」
そんな自分の恋人に、スティーブンはそう問い掛ける。しかし、笑い混じりに言われてしまうと如何せん素直になれないもので。それにそう簡単に機嫌が直るのであれば、赤子の面倒は大変ではない。
気に入らない、そう気に入らない。今日と言う日が実に気に入らない。クリスマスイヴ撲滅運動でもしてやろうかと思うくらいには気に入らない。いやクリスマスイヴに罪はない、言うなればそのお祭りが大好きなここヘルサレムズ・ロットに問題があるのだ。大人気ないと言われることも憚らず、唇を尖らせたぶすくれた表情を恋人の前で披露するにはそれなりに話がつもり積もっているのだ。
思えば、今日は朝から何かと不幸な一日だった。クリスマスイヴだというのに、街はすっかり浮かれているというのに、今日は朝早くから仕事だった。それは仕方ない、社会人としてきちんと勤労するべきだから、面倒だなぁなんて思いながらもきちんと出勤した。隣の恋人だってそうだ、それに翌日のクリスマスからは休暇を取っていたのだから文句の言いようがない。
おはようございます、そう言いながら席についた瞬間、クリスマスイヴに浮かれたスカイフィッシュが職場にぶつかってきた。ガッシャーン、と職場の壁や窓ガラスが崩壊していくと同時に、昨日まとめあげたばかりの資料が吹き飛ぶ。これは一体、なんの再来なのか。覚えのある感覚に冷や汗を垂らしながら猛ダッシュ。
スカイフィッシュの事故処理、そして吹き飛んだ資料の捜索だけで今日の仕事は終了に。つまり、明日のクリスマスも出勤しなければならないのだ。本来であればクリスマスからニューイヤーまで休暇が与えられていたというのに!と、会って一番に恋人に嘆いたのは言うまでもない。お陰で約束していたミサは行けなくなり、実に悲しい思いをする羽目となる。
そして、恋人であるスティーブンとのデートだ。お祭り騒ぎに浮かれて少し気が大きくなっている女性達に囲まれている彼に声を掛けることから始まるそれは、いつもよりもひどく、嫉妬の念にかられた女性の視線はとてつもなく痛かった。それでもなんとか気を取り直し、店に辿り着くとなんと重複予約していたらしく、一時間も店で待たされる羽目に。まぁまぁそんなのはよくあることだし、二人とも大人だったからクレームをつけずに待った。
ディナーを食べ終え、いざデザートと心を踊らせている時は、先程の件もあってか気の利かせすぎたウェイターから「お嬢さん、よかったらこちらをどうぞ!」と渡された赤い三角帽子。それは所謂、サンタ帽と呼ばれるものだった。店内には何人もその赤い帽子を被った子供が居た──つまり、いつも通り年齢を勘違いされたということで。
渡された瞬間、ぶっと吹き出して笑った隣の恋人のことを忘れない。大人気なかろうがなんだろうが、これはしばらく根に持って然るべきだろうと心底思う。そして、今に至る訳なのだが。
「似合ってるのに」
「そういう問題じゃないんです」
わかっているだろうにこちらをからかうように嘯く恋人は、機嫌を取ろうとしてか繋いでいた手をぎゅっと握ってきた。寒い夜空の中、彼の手はとても暖かくて心地よかったが、今日ばかりはそんなことでほだされたりなどしてなるものか。我ながら子供かと思うが、今日は打ちのめされてばかりなのだからこれくらい許して欲しい。
つん、とすっかり拗ねているこちらの様子を楽しんでいるらしい彼は、怒るわけでもなく、楽しそうに笑っていた。その姿はこの浮かれた街並みにひどく溶け込んでいて。まるで自分だけが、この世界から切り取られているような錯覚に陥る。それなのにウェイターからプレゼントですレディ、と被された赤い帽子だけが妙にマッチしていて、なんだか不思議な心持ちだ。
「シャンパンでも頼めばよかったかな」
「そんなことしてたらあのウェイターは泡食って、今頃は落ち込んでるんじゃない?」
それは中々に哀れだ。そもそも彼はサービスの一貫で、クリスマスのお祭り騒ぎに乗っかってくれていたのだから、そんな風にいきり立つのも失礼な気がする。悪いのは見た目が紛らわしいこちらの責任でもあるし、だからこそええいままよとこの赤い帽子を被っている訳だし。全てはやけくそだ、もうここまで来たらなるようになるさとしか言いようがない。
「すべてはクリスマスのせいです」
「まぁまぁ」
事情を全て飲み込んで、こうやっていなしてくれる彼が隣で笑っているからこそ、いつまでも拗ねることが出来るというものだ。
クリスマスソングがひっきりなしに流れる中、二人で浮かれた街を歩く。毎日がお祭り騒ぎのような街中はいつにも増して浮かれきっていたし、すれ違うどの人も笑っていた。
「…皆楽しそうですね」
「そりゃあ天下のクリスマスイヴだからね、あっちこっち関係なく、世界は大いに今日明日を楽しんでいると思うよ」
なるほど。確かにこんな日にぶすくれているのは自分一人くらいだろう。
「俺は君とこうしていられるなら、毎日楽しいけどね」
ぐう。油断していたところにそんな甘い言葉が降ってきて、思わずにやけそうになる口許を必死に一文字に結び直す。そんな様子に、気が付いているのかいないのか、彼は楽しげに目を細めて喉を鳴らしていた。なんだか見透かされているような気分になる、ちくしょう。
そう、なんだかんだかこつけて、苛々してみたり、拗ねてみたりしたのだけれども、結局この人と過ごすというのに、何もかもスマートに行かなくて悲しいというだけで。ウェイターは悪くない、スカイフィッシュも悪くない、クリスマスイヴだって、全然これっぽっちも悪くない。悪いのは、見栄っ張りな自分だけ。
「君はいつも素敵だよ、俺のリトルサンタ」
そんな心中を知ってか知らずか、不意に甘ったるい声がそう優しく囁いた。だめ押しとばかりのその囁きに、軍配がどちらに上がるなんてもう火を見るより明らかで。年甲斐もなく頬を赤く染める他に術はなく。もう拗ねているのはやめだ、せっかくの聖夜、楽しまない方が損なのだ。
「良い子にしてました?スティービー坊や」
「僕はいつだって良い子だよ」
「…本当かな」
「僕を信じてくれないの?リトルサンタ」
歌うような調子の言葉選びに、とうとう破顔してしまう。彼も楽しいのか、にこにこと綺麗な笑顔を浮かべながらおどけてみせた。
するりと繋いでいた手を離して、彼の正面に立つ。うきうきとしている彼の前で咳払いをひとつ。にんまりと口端が上がってしまうのは、どうしようもなく楽しいから。
「今年一年、きっと良い子にしていたであろうスティービー坊やには、私からプレゼントをあげましょう」
「おや?なんだろう」
「目を瞑って」
「何か教えてくれないの?」
「サンタの言うことが聞けないの?坊や」
「はいはい、失礼しました」
芝居がかった物言いに、彼はあっさりと頷いて瞼を伏せる。それでも口許だけは楽しそうに弛んでいて、今すぐその唇にかぶりついてやりたい衝動をなんとか堪えて、鞄の中をがさごそと漁った。今日一日、あまりツいていたとは言えないが、これがなくならなかったというだけで一年分の幸運が来たような気がする。いや、今年一番幸運だったのは、彼と出会えたことだろう。奇跡みたいな確率で出会えて、奇跡みたいな恋に落ちた、その人が自分の目の前で今か今かとプレゼントを待ち構えている。こんなにも幸せなことは、きっと人生始まって以来だろう。
お目当てのものはすぐに見つかったが、ただ渡すだけでは面白味に欠ける。丁寧にラッピングされたそれを遠慮なく開けて中身を取り出したのは、そんな悪戯心が働いたから。肌触りの良いそれに、思わず目許を緩める。
「まだかな?」
「もうちょっとですよ」
「待ちきれないなぁ」
笑い混じりの軽い言葉は、このやり取りを心底楽しんでいるのだろう。彼のこういう外見に反した子供っぽさを垣間見る度に、いとおしさがどんどん募っていく。普段のかっこいい彼も勿論素敵だが、子供っぽかったり、だらしなかったり、面倒な面も好きだと思う。彼を形成する、スティーブンをスティーブンたらしめる全てが好きなのだ。
だから、プレゼントは迷いに迷った。どんな物を送ったら彼に合うのか、心底考えた。でもこれを一目見た瞬間、あれこれ考えたものはどこかへ吹き飛んでしまった。オーダーメイドではない、ただの既製品なはずのそれは、まるで彼に身に付けて貰うために生まれてきたような、そんな気がした。だから値札も見ずにレジへ急いだ、だってぴったりだったから、値段なんてなんてどうでもよかったのだ。
「屈んでくれる?スティービー坊や」
「リトルサンタの仰せのままに」
背の高い彼は手慣れたように腰を折る。その姿の、洗練されていること。子供みたいな可愛さから、くらくらするくらいのかっこよさに変化する彼は、いつだってこちらの心を掴んだまま離さない。
自然に近くなった顔にドキリ、としながらも、そっとそれを掛ける。
──うん、やっぱりしっくり来る。
見立て通り、あつらえたようにその首に収まった濃紺のマフラーは、自分の目に狂いがなかったのだと確信させてくれた。ふにゃっと口許が緩む、あぁ好きだなぁと、実感する。
「もう目を開けても?」
「うん」
頷いた彼が、そのまま長い睫毛をあげる姿は、きっとどんな美女にだって負けないくらいセクシーだった。ドキドキうるさい心臓を抑えながら、彼の反応を待つ。自分としてはこれ以上ないくらいぴったりなものを用意したつもりだが、気に入って貰えなければなんの意味も持たない。
「…どう、かな?」
緊張の一瞬、固唾を飲んで反応を待つ。彼はそっとそれを持ち上げて、しげしげと見つめてから、ふわりと顔を綻ばせた。
「──ありがとう、嬉しいよ。すごくあったかい」
ほっと、胸を撫で下ろす。言葉は勿論、その表情が心からのものだと物語っていたからだ。嬉しげに瞳を細めて、口許を弛ませるその表情は付き合いがそんなに長くない自分でもわかるくらいにありのままの表情で。釣られるように笑うと、彼はますます嬉しげに笑うからドキリと胸が高鳴った。
「さて、それじゃあ、良い子のリトルサンタにはプレゼントしないとね」
「へ?」
彼の手が伸びてきたと思ったら、すっかり頭に馴染んでしまった帽子を取り上げられてしまう。片手でそれを頭に乗せながら、乱れたこちらの髪を撫で付けて直してくれる辺り、なるほど手慣れている。
「さぁ、目を瞑ってくれるかな?」
楽しげに片目をばちんと閉じて笑う彼に、ときめきながら言われるがままに瞼を下ろす。するとチャリッと金属がなる音が耳に響いて、彼の冷たい指先が首元に触れた。思わずびくりと肩を震わせるとちいさく笑う声が聞こえてくるが、視界を塞がれている分、神経が過敏になるのは仕方がない気がする。わざとなのか、最後に項まで撫でてくる始末だ、素直に反応してしまうこちらが悪いのだけれどこれは面白がっているとしか思えない。
「どうぞ、お姫様」
促されて、瞼をあげる。どうでもいいが、今日はサンタクロースになったりお姫様になったりと忙しいなぁ、なんてぼんやり考えながら。
彼のプレゼントは、ネックレスだった。シンプルなデザインながら細工の細かさから、一目で高級品だと知れるそれは、彼のセンスが良いことを物語っていた。
「これなら、仕事中もつけられるだろう?」
確かに。
「君に悪い虫がつかないように、おまじないを込めておいた」
「悪い虫なんていませんよ」
「世界はなんだって起こるから、俺はいつも気が気じゃないんだぜ?」
そんな馬鹿な、なんて思いながらも言葉にならないのは、嬉しさを噛み締めているからで。まるで、何度も何度も、恋に落とされているような気分だ。嬉しい、ありがとう、大好き。口を開けたらそんな単純な言葉しか出てこなくなりそうで、必死に唇を噛み締めていると、ふにと冷たい指先がなぞってくる。
「なぁ、俺のリトルサンタ。初めて打算抜きで買ったクリスマスプレゼント――気に入ってくれた?」
柔らかい微笑みと共に、落ちてきた悪戯っぽい言葉が切っ掛けになって。ぐい、とあげたばかりのマフラーをひっつかむ。彼はされるがままに腰を曲げた。高いヒールよりも、更に高く、爪先に力を込めて目一杯の背伸びを。驚いた顔の彼を更に驚かせるように、そっとその唇を奪った。
触れるだけの、キス。離れるのが勿体無くて、そのまま唇を味わう。彼は驚きに瞳を丸くしていたが、すぐにふっと笑ってその瞼を下ろしたから、釣られるように笑った。このまま時が止まれば良いのに、なんて陳腐なことを思っていると、彼がそっと腰に手を回して支えてくれる。優しい手つきに愛しさが溢れだして止まらない。好きだ、好きだ、あぁ好きだ。
イベントごとになんて興味なかった、クリスマスは家族と過ごすものだとばかり思っていた。でも今年は違う。何より愛しい恋人が出来た、彼と過ごす毎日がどれだけキラキラしているか、彼は知っているだろうか。知らないならば、寝物語に話してやろう。どれだけ貴方が好きなのか話して、真っ赤にさせてやりたい。そしてそんな真っ赤な彼に口付けをしようじゃないか。
大人になったらサンタクロースはもう来ない。しかし、こんな素敵な恋人がいるならば、たった一人のためだけにリトルサンタになろうじゃないか。拗ねて、疲れきったリトルサンタも、彼さえいればすぐに笑顔になるだろう。


きみだけのサンタクロース

15/12/24