「結構面白かったね」
ガヤガヤとした喧騒のなか、低く甘い呟きが落ちてくる。隣に座っている恋人は、いつもとは違ったラフなスタイルでポップコーンを摘まんでいた。
今日は、久々に休みが被ったこともあり、二人で映画を観に来ていた。映画館といっても、吹きっさらしの階段椅子に雑然とした風景に突然スクリーンが鎮座するような映画館だ。昔のように暗闇で手を握るなんてとんでもない、例えそうだとしてもまるでティーンの子供みたいな真似はしなかったけれど。
エンドロールが流れるなか、昔のように決して静かではない映画館ではざわざわと感想を言い合うものも多い。自分達も例に違わず、そのなかの一部だから、ストローから唇を話して一言。
「アクションもすごかったですね」
「うん、最近は結構作り物感がなくていいね、文明の進化だ」
普段から戦っている彼だからこその発言だ。ハリウッドスターもびっくりの日常を送っている恋人、スティーブンはポップコーンを口に運びながら頷いた。
秘密組織、とだけあってその詳細は知らないが、ニュースで流れてくる大半のことには関わっているらしい。守秘義務、という言葉が埋めつけられているため深く聞いたことはないが、生死に関わることも無きにしもあらずということだけは確かだった。そのお陰かどうかは知らないが、端正な顔に稲妻のような傷跡が残っている。それでいて遜色を損なわない奇跡的な配置にいつもドキリ、と胸を高鳴らせていることはいうまでもないだろう。
「僕はあそこが好きだったな、ヘリからの自由落下。迫力があった、カメラマン生きてるのかな」
ブラックジョークで現実に引き戻され、頷きながら誤魔化すようにストローを加えた。氷が溶けきって薄くなったコーヒーはいかんともしがたい味で、眉根を引き締めないだけ偉いと思って欲しい。
「君は?」
そんなこちらの様子に目を細めながら、問われたのはシンプルな質問で。はてさて、どうだっただろうか。確かに彼の言うとおり、ヘリコプターから飛び降りるシーンは爽快感となんともいえぬハラハラを味わえる貴重なシーンだっただろう。恋愛ものはどうも眠くなってしまうから、色気はないがと唇を噛み締めながら選んだ映画にしては中々の出来だったと言える。それにアクションは好きだ、先程述べたとおり何よりも眠くならない。加えて王道なストーリーだからこそ、ハズレを引くこともない。今回もお陰で料金分楽しめた、デートでこれはどうかと思つたが彼も歓声をあげるくらいには楽しんでいたから上々だろう。ヘリコプター以外にも、戦闘シーンは固唾を飲んで見守るような緊張感があった。生体兵器やら飛び道具が蔓延っているこの世の中では珍しい肉弾戦だったのも、好評を期した理由のひとつかもしれない。しかし、一番のお気に入りは、別にあった。
「ラストシーン、ですかね」
答えに少し躊躇ったのは、お決まりのそれを口にして共感を得られなかったら、と思ったからだった。アクション映画のラストなんて大抵は決まりきっていて、いつだって勧善懲悪な世界で正義のヒーローは勝ち、美しいヒロインからキスを貰う。ありきたりだ、生まれてこの方観てきたほとんどのアクション映画のラストはこれに決まっていた。だからわざわざ触れることもない、ルーティーンのようなそれは当たり前のようにそこにあるからだ。でも、そんなラストを口にした理由は、そんな当たり前に魅了されたから。
「花びらがすごく綺麗で、」
目に、焼き付いた。ありきたりのラストを飾ったのは、降りしきる花びらだった。抱き合う男女の上を、ぱらぱらとさながら雪のように。果てなく続くそれは、今まで観ていたこの作品の根底を覆すかのような優美さだった。一瞬にして、世界が変わった。今まで観ていたアクションは、固唾を飲んだ肉弾戦は、ハラハラと見守ったヘリコプターからの自由落下は。嘲笑うかのように、急激に色を塗り替えられたような感覚。恋愛映画のラストだろうかと見間違うほどのそれは、退屈だとか、裏切られたとか、そんな文句が出てくるよりも先に、圧倒的な世界観を誇る。ただひたすらに、綺麗だった。
「ありきたりですけど、なんていうんでしょう、あり得ないからあり得そうで」
日常、過ごしていて空から花が舞うことはない。こんなご時世だから、いつの間にかよくわからない内に変なことに巻き込まれて誰かに襲われるかもしれない。高所からの飛び降りだってなくはない、何せ職場はぶつかりやすいところに面しているから、よくよく落下物が降ってくるのだ。でも、あんな綺麗に、優美に、繊細に、花びらが舞うことはない。昔遊びに行ったワシントンくらいでしか、見たことがなかった。聞くところによる、母方の故郷でもある日本では全国でとある花が咲き乱れて、そんな景色になるらしい。そんなあり得なさそうな光景が、日常にあるなんて。
「なんか、お気に入りです。スティーブンさんと観れて、よかった」
言葉には上手く出来なかった。でも、一から十まで説明するのはなんだか違うような気がして、この拙さがぴったりだと思った。
「そっか」
小さく頷いた彼は、食べていたポップコーンの容器を片手にジャケットを抱えて立ち上がる。見上げると、すぐにもう片方の少し武骨な掌が差し出される。レディーファーストを信条にしているのか、いつだって彼はスマートだ。その手を取ると、ぐい、とひっぱり上げられて。予想だにしてなかった身体は抵抗することなく、とん、とその胸に飛び込んだ。
「俺は花はあんまり好きじゃなくてね」
落ちてきた声に、慌てて離れようとした頭が固まる。
「だってそうだろう、枯れない花はない。どんなに手塩にかけたって、いつだってその命をあっさりと投げ出す」
確かにそうかもしれない。人間より動物より、植物はいつだってその生を呆気なく全うしてしまうから。
「でもね、君が言うなら──花が散るのも、悪くないなぁって思うよ」
あり得ないからあり得そうで。 そう思えたのは、彼と自分を重ねたからかもしれない。映画のヒロインのように決して美しくはない、気丈でもない、優雅でもなければ清廉でもない。でも彼は、そんな自分をいつだって抱き締めてくれる。そうして、舞い散る花びらのように、そっとぎゅっと。甘く優しく囁いて、隣に居ることを受け入れてくれる。
「スティーブンさんは、花みたいな人ですね」
もしかしたら怒らせてしまうかもしれないけれど、そう思った。
「──だったら、俺は枯れない花にならないと」
の側に、ずっと居るために。
ぎゅうと握り締められた指先に、彼の指が絡み付く。意外と武骨なそれは花とは違って固くて、確かに彼がそこに居ることを教えてくれていた。ひらひら舞う花景色はないけれど、今確かに、映画のラストシーンはそこにあった。
枯れない花を咲かせよう
16/2/4