ピピピ、と電子音がする。
重たい瞼をこじ開けて、もぞもぞと身体を捩じってサイドテーブルを見ると、時刻はいつも起床する時間を示していた。緩慢な身体をなんとか動かして、手を伸ばす。アラームを止めて、ふぅと思わず溜息が漏れた。
もうそんな時間か、と思うのと同時に、いつもだったら目覚ましの前に起きるのになぁと思う。勿論、その原因は隣で眠る恋人と自分以外に他ならない。
休み前だし、二人でゆっくり過ごせるし、なんていう言い訳をしながら本能のままに貪り合ったことは記憶に新しい。お蔭で身体が重い、もう若くないのだと誰かから言われているみたいだった。少しばかり悲しいけれど、これが現実なのだから仕方ない。
昨夜のことを思い出すと、嬉しさやら幸せやらでいっぱいになりそうだったので頭を振って誤魔化す。所謂お付き合いというものを始めてから、もう随分一緒に日々を過ごしているのに、いつまで経ってもこの甘ったるさには慣れない。勿論、嫌な訳じゃない。単に恥ずかしいのだ。
さて、うだうだするのもいい加減にして起きるか。そう思って起き上がったのに、にゅっと伸びてきた腕によってまたベッドに逆戻りした。ぼすん、と音が立ったが、背中に痛みはない。びっくりするくらい柔らかいベッドのマットレスはギシッと音を立てることもなく、この身体を包み込むように受け止めてくれたらしい。
ぱちぱち、まばたきを何度か繰り返してから横を向くと、いつの間に起きたのだろう、端正な顔がそこにあった。眠たげに目を細めている姿は、気だるそうで色気がある。寝起きまで伊達男なのか、いっそ感心するくらいかっこいいな、と思うのは惚れた弱味なのか何なのか。
いつの間に起こしてしまったのだろうか、と考えて、あぁそういえばアラームが鳴ったと思い出す。気配に敏感な彼のことだから、これくらいの音がしたらそりゃあ起きるだろう。
「…おはよう、ございます?」
疑問系なのは、今にもまた眠りそうな顔をしていたから。
「今、何時…?」
少し掠れた低い声にドキリとするのはしょうがない。寝起き特有のよく回っていない口で発せられる言葉には色気がたっぷりと含まれているのだから、多分誰だってこうなる。勿論、他の誰かに聞かせるはずもないけれど。
「5時、ですけど」
時刻を伝えると、眉間に皺を寄せて、んー、とか、あー、とか唸っていた。可愛い、いつも完璧な伊達男の彼のこんな姿は滅多に見れるものじゃない。自分の前だけではさらけ出してくれているのかと思うと、自然と頬が弛んでくる。あぁ可愛い、多分口にしたら困ったように笑うだろうから言わないけれど。
「今日の予定は、なんだっけ」
特に思い当たらないので首を振ると、えぇ、なんて声が聞こえてきた。なんだ、その信じられないと言わんばかりの顔は。
「前から思ってたけど、君、早起き過ぎない…?」
「そうですか?」
身体のリズムが出来上がっているから、決まった時刻に起きてしまうだけなんだけども。
そりゃあたまには寝坊するのも良いかなとも思う、二度寝が気持ち良いことは嫌というほど知ってるし。だけど、いつからか二度寝で予想外に時間を過ごしてしまうことを勿体ないと感じるようになってしまったのだ。彼といるなら、尚のこと。
愛しい恋人は何分忙しい男だから、共に過ごせる時間は限られている。そりゃあ世界の均衡を守っている訳だから、それなりにプライベートは減少するだろう。だからこそ、その限り少ない時間を大切にしたいのだ。例えば彼が起き出すよりはやく起きて、朝ごはんを作ってあげるとか、そういうことを考えても罰は当たらないと思う──まぁ、大抵は彼の方がはやく起きてしまうのだけど。
それにしても、彼がこんなに眠たげなのは珍しいなぁと思う。いつだってスマートな彼がこんな姿を見せることはあまりない。余程疲れた時くらいだろうと考えて、あぁ疲れてるのか、とようやく思い至る。察しが悪くて申し訳ないけれど、昨夜は疲れてるなんて信じられないくらい元気に身体を求められたから、中々そこまで行き着かなかったのだ。よくよく思い出すと今週の帰りはなんだかんだずっと遅かった気がするし、朝だってゆっくりではなかった。
すぅと指先を彼の頬に滑らせて、古傷の感触を楽しむ。心地良いのか、細められていた目は更に閉じられて今にも瞼を完全に下ろしそうだった。
「寝てて良いですよ、お疲れなんでしょう?」
気遣っての言葉だったのに、彼と来たら閉じかけた瞼をこじ開けてこちらを見つめてきた。なんだか視線が鋭い気がする、なんでだ。
背中に回った腕が更にぎゅうと力を込めてくる。自然と彼に身体を寄せる羽目になり、顔は近くなる。彼と出会って随分と経つけれど、今になってもこの顔立ちを見飽きるということはない。何度だってドキドキするし、何度だって見惚れる。タイプだからか、と考えるけれど、多分違うだろう。スティーブンの顔だから、何度見たって慣れないし、何度だって恋に落ちるのだ。我ながらベタ惚れである、恥ずかしくなるくらいに。
「予定もないんだから、君も寝てればいい」
えぇ。
言葉にはしなかったが、表情にはありありと出ていたのだろう。彼の眉間に深い皺が刻まれた、眠いのも相まってかなり不機嫌そうに見える。
いやだって、彼の言うとおり寝たら、恐らく目が覚める頃にはスティーブンは先に起きている。そんなの勿体ない、寝た分だけ彼との時間が減ってしまう。それに、眠っている彼の顔を見つめることも出来なくなる。普段は恥ずかしくてそんなに見ていられないのだけれど、寝ている時ならいつもより長く見れるだろう。その端正な顔にうっとりする時間くらい、楽しんでもいいのではないか。
と、まぁ、そんな文句を言えるはずもなく。ただ黙って頬を膨らませることしか出来ないのだ。少し子供っぽいかもしれない、やってしまってから後悔した。けれど、彼は意に介した風もなく、背中に回っていた片手を頬に移動させていた。眠っていたとはいえ、普通の人より冷たい指先は気持ちが良い。身体は暖かいのに指先だけ冷たいなんて、器用な人だ。
思わず目を細めると気をよくしたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、さらりさらりと撫でてきた。その心地よさにうっかり、一瞬だけうとうとと眠りの世界に誘われそうになる。危ない、もしかしてこれは作戦だったのではないだろうか、そうだとするならば成程、彼は策士に違いない。
「起きるので」
だから、離して欲しい。
そう意味を込めて告げたのに、察しが良いはずの彼は今日に限ってそれに気付かない。いや、もしかしたら本当は気付いているのに敢えて無視してるのかもしれない。そういえば普段はこれ以上ないくらい優しくて甘い彼は、時々どうしようもないくらい意地悪をするのだ。それが嫌ではなくて、嬉しいと思ってしまう辺り、どうしようもないのは自分の方なのだけれど。
まさか、今がその意地悪の時なのか。なんでだ。
考えてみても答えを知ってるのは彼と多分神だけだ、神様がいるかどうかは知らないけれど。
憮然とした表情がお気に召さないのか、優しく頬を撫でていた指先が不意に摘まんできた。痛くない、けれど珍しいとは思う。こういう悪戯っこのような子供っぽいことはあまりしない人だから、思わず目を丸くしてしまった。
「…どうしました?」
だからこの質問は必然といえば必然で。それなのに、まさか聞かれるとは思っていなかったらしい彼は少し狼狽えて、それから気まずそうに視線を彷徨わせた。それも珍しい、こんな子供っぽい彼は多分喧嘩の時くらいでしか見れないだろう。
「…には、……って………だろ」
「はい?」
聞き返したのは意地悪でもなんでもない。掠れた声がいつも以上に小さくて、全然聞き取れなかったのだ。すると、背中に回っていた片手にぎゅうと力が込められるのを感じた。
「──たまには、こうやってベッドでごろごろするのも悪くないだろ」
君とこうして、だらだらしたいんだ。
告げられた言葉は別段、言いにくいようなことではないと思うけれど、いつも大人な彼からしたら、きっと言葉を詰まらせるような内容なのだろう。スマートで、エスコートし慣れていて、落ち着いた印象のある彼は多分そんな自分を自覚していて。だからこそ、こんな我儘と言えないような些細なことも、少し気後れしてしまうのかもしれない。
伺うような視線に、胸がざわめく。可愛い、なんて可愛いんだろう。普段はびっくりするくらいかっこよくて、大人な彼が、まさかこんな甘えたことを言うなんて到底思っていなかった──勿論、それが嫌だなんて思うことはなく。
ちゅ、と音を立てて額に唇を落とす。可愛い、なんて可愛い、愛しい人。たった一言に浮かれ過ぎかと思うかもしれないけれど、恋人の我儘に喜ばない女なんていないのだ。普段そんなことを全く言わないから、余計に。
驚いたように丸くなった目も、唇を寄せると閉じられる。柔らかな瞼の感触を味わって、それから今度は唇へと向かう。薄い唇が、案外柔らかいのだと知るのは、自分だけで良い。
「…?」
不思議そうな顔をした彼に、飛びっきりの笑顔を向ける。元々口許はすっかり弛んでいたから今更かもしれないけれど、それでもやっぱりお誘いする時は最高の笑顔を向けていたいのだ。
「一緒に、朝寝坊しましょう」
ふにゃりと、それはそれは嬉しそうに笑う彼の身体を抱いて、戯れに触れるだけの口付けを繰り返す。お互いにお互いを寝かしつけようとやっきになって、その内に結局目が覚めてしまって、二人して笑った。時間の無駄遣いとは思わない、だってかっこよくて最高に可愛い恋人が傍にいてと抱き締めてくれるから──こんな朝も悪くない。
一緒に寝ようよ
17/12/13