ドタドタ、バタン。
けたたましい音を立てて玄関に入る。ムードの欠片もなく唇が降って来て、逃げる間も理由もなかったので拙いながらも懸命に答えた。激しいキスにすっかり夢中になっている内に、いつの間にかスカートにしまっていた筈のブラウスの裾は引っ張り出されて、挙句の果てにはそこから不穏な動きをする手が差し入れられていた。
抵抗しようにも、くらくらするような口付けに頭は一杯だったし、何ならそろそろ腰が砕けそうだった。荒い息、みだらな水音、性急な動き。何もかもが珍しかった、多分初めてに等しいと思う。
崩れそうになる腰をたくましい腕が掬ってくれたと思ったら、ぐいと彼の腰に触れ合って硬さのあるものが当たった。これはなんだろう、と不思議に思えるくらい純粋だったらよかったのに。もう何度も彼と致しているから、それが何なのかは嫌というくらいわかっていた。
「、」
はっと熱い吐息と共に名を呼ばれると背筋がぞわぞわする。いつもなら、これでもかってくらい丁寧にひとつひとつ解していってくれるのに、今日は違う。その乱暴とも言える激しさに怯える前にまず驚いてしまう──こんな余裕のないスティーブンさん、初めて見たかもしれない。
そもそもの原因はナクトヴァの微笑みだった。あれが原因で怪盗ヴェネーノが登場し、奮闘している最中に新たな敵が現れた。名はキュリアスと言っただろうか、すっかり髭面になってしまったクラウスからの説明ではレオナルド達によって永遠の虚に落とされたという話だった。そのキュリアスはどうも時を操る能力らしく、戦った相手は皆2週間ほど絶食の状態に陥ったらしい。これも聞き及んだだけなので、非戦闘員の自分には皆目見当がつかなったが、執務室に戻ってからガツガツと料理を食べる面々を見ていたら信じる他ないだろう。どうでもいいが、絶食状態からいきなり固形物を食べて大丈夫だったのだろうか。
そう、そして、食欲を満たした彼らはあっという間に眠りについた。うんうん、食べたら眠くなるよね。身体的には2週間飲まず食わずの不眠不休の疲労感を帯びているのだから当然だろう、そこからぴったり8時間経ってから事件は起きた。
そろそろ帰ろうか、と思いつつも少し様子が気になって仮眠室を覗いたのが悪かったのだろう。扉の音にいち早く反応し、がばっと起き出したのはスティーブンで、こういう時でも一番に起きてしまうんだなぁと苦笑してしまった。
「おはようございます、」
気分はどうですか?と続けようとして、彼の雰囲気に飲まれてやめた。なんだ、これは。
ガシガシと頭を掻いて、ぼんやりとした様子でこちらを見ている彼はなんというか、ひどく男らしかった。いや、普段だって別になよなよしている訳じゃないが、それにしたっていつもと雰囲気が違い過ぎる。徹夜続きの時に見る表情に似ていたが、それとはまた少し違った雰囲気だ。優しい微笑みはどこに行ったか、鋭い視線が飛んで来て思わず身を竦めてしまう。そうこうしている内に、のそり、と立ち上がった彼はずんずんと近付いてきたと思ったら、ぎゅっと手を掴まれた。
「え、あ、スティーブンさん?」
名を呼んでも反応しないどころか、適当に掛けてあった背広を拾ってそのまま歩き出してしまう。引っ張られるようにして腕を掴まれているから、そのままついて行くしかなくて。途中ギルベルトに会ったが、頭を下げられただけで終わってしまった。一体どうしたっていうのだろうか、訳もわからず後ろをとたとた小走りのまま追い掛ける。いつもだったら歩調を合わせてくれるのに、本当に一体何がどうしたっていうのか。答えは出ないまま、足早に街中を進んだ──そして、冒頭に戻る。
キスやら彼の手の動きやら主張し始めているものから察するに、どうやら彼はセックスしたいらしい。ぼんやりとした頭をなんとか回転させて考えると、そうか、2週間絶食状態ということは"2週間禁欲状態"と同じだということに気が付いた。
そういえば彼と恋人同士になってから、1週間以上間を空けた記憶がない。よしんば空いたところで、彼だって大人だからそれなりに処理することは考えるだろう、だが、今回に至ってはそれも叶わなかった。強制的に時を動かされたのだ、この行動も頷ける。食欲を満たして、睡眠欲を満たして、じゃあ次は?決まっている──性欲を満たさねばならない。
それは生きていく上でどうしようもないくらい本能で、普段理性的で手馴れていて余裕たっぷりの彼だって抗えないのだろう。その証拠に先程から息が荒い、普段だったら絶対に見れない姿だ。いつだって呼吸を乱されるのは自分ばかりだったのに、珍しい姿に怒るより、怯えるより、嬉しくなってしまった。
本能のままだから、解消出来れば誰でもいいはずなのに、彼が選んだのは自分だった。その証拠に街中を歩いて帰る中、彼はすれ違う女性に目もくれずにスタスタ家への道を急いでいたのだ。それがどれだけ嬉しいか、彼はわかっているのだろうか。本能で選んでいるならば、それこそ子孫繁栄に一番良い相手が選ぶだろうに。こちらばっかりが好きだと思ってた、それなのに。
本能剥き出しで、戦闘の時でしか見れないような興奮し切った顔に、ちゅっと自ら口付けをする。一瞬驚いたように蘇芳の瞳が丸まったから、嬉しくなって微笑んだら、次の瞬間、ビリビリビリという音が聞こえた。胸の辺りで遊んでいた腕は、いつの間にやら下半身に向かっていたようで。これは後で抗議しなければならないだろう──そのストッキング、今日開けたばっかりだったんですよ!
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「悪かった」
この人の謝る姿を見るのはひどく珍しいな、と思ったのが率直な感想だった。
あれから玄関で求められて、一度達したから落ち着いたかなと思ったら次はソファで求められた。ソファの後はベッド、果てはシャワールームだったから性質が悪い。正直三十代の体力を舐めていた、言われてみれば男性は還暦を迎えたって現役なんだからまだその半分しか行っていない彼がたった数回で満足する訳がなかったのだ。
もう何回したのか覚えていない、確実なのはいつもの倍以上だったことくらいだろう。そうなると、ベッドに沈んだ身体がギシギシ痛むのは当然で。発散して満足したのか、理性を取り戻したらしい彼は顔を歪めて謝罪をしてきた。
大丈夫ですよ、と返そうと思ったら、かっすかすの吐息染みた声しか出ず、それに慌てたように彼は寝室からキッチンへ向かった。珍しくパタパタ音を立てながら走る姿はひどく可愛くて、彼が持ってきた水を飲みながらくすくすと─実際には声は出なかったのだけれど─笑ってしまった。
「な、なんだ?どうした?」
気がかりなのだろう、びっくりするくらいおろおろしながら様子を伺ってくる様は愛しいことこの上なかった。
「だいじょーぶ、ですよ」
水を飲んだことでようやく声が出た。安心したように息を吐くと同時に、いつも余裕たっぷりの顔がすっかり申し訳なさそうに歪んでいた。
「しかたないですよ、あれは」
自分だって、突如として2週間強引に時が進められたらああなってしまうかもしれない。そういう時、彼はどうするか。幻滅するだろうか、拒否するだろうか──否、こうして笑って受け止めてくれるはずだ。だから自分も、怒ることも詰ることもするつもりはなかった。だって、他でもないスティーブンが、誰でもない自分を求めてくれたのだ。たまたま最初に見たからかもしれない、それでもよかったと思うけれど、彼の表情を見るとどうも違うらしい。
「わたし以外でも、抱いてましたか?」
それでも確証が欲しくてわざとそんなことを問い掛けると、申し訳なさそうに下がっていた眉がくっと吊り上がり、不機嫌そうに唇を尖らせた。
「そんな訳ないだろう。馬鹿なのか、君は」
普段だったらなにくそと言い返していたかもしれない、でも今は嬉しくて仕方がなかったから思いっきり笑った。本当は抱きつきたかったが、どうもこの身体は今起き上がるだけで精一杯なようだった。
こんなことを言われて、怒る人がいるだろうか。そりゃあ多少は強引だったかもしれない、こちらのことを一切考えていなかったかもしれない。でも、好きな人にそれだけ求められて嫌な女なんているだろうか?そう、つまりはそういうことなのだ。
「スティーブンさん、だいすき」
囁くように笑顔で告げると、細められていた蘇芳の瞳が驚いたように丸くなって。
「あぁ、もう!」
そんな溜息混じりに言葉が降って来たと思ったら、ぎゅうと抱き締められる。ふわっと香るシャンプーだがボディーソープの匂いは、今自分と包んでいるものと同じものだ。
「──俺も、好きだよ、」
そろそろと抱き締め返すと、より一層強く抱き締められるから嬉しくなってまた笑った。明日のことを考えると、この身体でなんとかなるか不安は残るが、それはまぁ彼が何かしらしてくれることだろう。取り敢えず今は、この愛しい愛しい恋人と睦み合うことの方が大事だった。
本能の先にあるもの
17/12/21